超・日本刀入門 ~名刀でわかる・名刀で知る~

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会 期
20170121日 -  20170320
開催時間
10時00分 - 16時30分
入館は16時00分まで
休み
月(ただし3月20日は開館)
入場料
有料
一般1,000円、大高生700円、中学生以下無料  ※団体割引は20名以上
作品の販売有無
展示のみ
この情報のお問合せ
03-5777-8600(ハローダイヤル) 英語版ハローダイヤル案内03-5405-8686
情報提供者/投稿者
開催場所
静嘉堂文庫美術館
住所
〒100-0005 東京都
千代田区丸の内 2-1-1 明治生命館 1 階
最寄り駅
東京
電話番号
050-5541-8600(ハローダイヤル)

詳細

展覧会内容

武士の魂“日本刀”は、1000年におよぶ歴史のなかで、武器として武人を鼓舞し、美術品としても鑑賞されてきました。
近年ブームに沸きながら、しかし道具としても美術品としても身近ではない日本刀。「全部同じに見える」「どこを見ればいいのか分からない」「専門用語が難しすぎる」といったさまざまな疑問やお悩みを徹底的に解決します!
国宝の「手搔包永太刀」をはじめとする選りすぐりの名刀約30振から、日本刀の主な見どころ ― 姿・刃文・鍛え肌の鑑賞や、刀剣の歴史や産地、戦国武将が所持した刀の逸話など、めくるめく刀剣の魅力に迫ります。

※会期中、一部作品の展示替をいたします。展示替の内容は変更となる場合もありますのでご了承下さい。

はじめに ―静嘉堂の刀剣コレクションについて
 静嘉堂の刀剣コレクションは、義を見て勇み、弱きを見て救う「武士的実業家」と評された岩﨑彌之助が廃刀令直後の明治10年頃から蒐集を始めたものです。これは彼の蒐集のなかで最も早い時期から行われたもので、刀剣に対し並々ならぬ関心を寄せていたことが分かります。
 土佐安芸郡井の口村の地下浪人という低い身分の家に生まれた彌之助は、兄・彌太郎が郷士の身分を得たことにより、高知城下の藩校で勉学にはげみますが、その頃抱いた夢は、当時土佐藩の若い武士たちに流行していた「朱鞘の刀」を腰に指すことであったといいます。
 維新後の明治2年(1869)、土佐藩大阪商会にいた彌太郎を頼って大阪に出て、漢学者・重野安繹の私塾「成達書院」に学びますが、ある日、書物のことで他の塾生と口論となり、挙げ句、相手が刀を抜く事態となります。斬りかかる相手の刀に対し、彌之助は腰の刀を抜き合わせて防ぎ、難を逃れますが、現在静嘉堂に伝わる彌之助所用「津田助広」の刀の棟には、その時の斬り込み痕が残されています。

 彌之助の刀に対する思い入れは、こうした幼い時分の夢や青年時代の事件によって高められていったのです。
 静嘉堂文庫には数多くの刀剣に関する書物が収められており、彌之助はここから多くを学んだものと思われますが、なかでも『名刀源秘録』は静嘉堂文庫の蔵書として唯一、彌之助自身の蔵書印が捺されたものとして知られています。
 明治時代に宮内省の御剣係をつとめ、彌之助の刀剣蒐集に大きく関わった今村長賀は「岩﨑男の蒐集せられし刀剣は幾百千をもって数うべく…」と述べていますが、実際数百振を数えるコレクションであったと考えられます。
 現在静嘉堂には息子・小彌太蒐集のものや岩崎宗家からの寄贈品をあわせ、約120振の刀剣が所蔵されています。その中には、国宝1件、重要文化財8件、重要美術品23件が含まれており、とくに「備前物の古刀」(現在の岡山県東部で、平安時代以後・室町時代までに作られた刀剣)が豊富であることが大きな特徴です。

見どころ1 所蔵の国宝・重文刀剣9件全てが揃い踏み!
静嘉堂所蔵の刀剣は約120振、そのうちには国宝1件、重要文化財8件が含まれています。
本展では、そのすべてが美術館開館以来、初めて一堂に会します!

健全なる「大和魂」、国宝・包永
包永は、大和国最大の刀工集団・手搔派の祖で、奈良東大寺輾磑門前に住したという。本刀は、大和物らしい鎬高く反り高い姿と柾目の鍛え肌、直ぐ調で二重刃がかり、華やかな変化に富む刃文が特色となっている。正応年間(1288~93)頃に活躍した初代の稀有な在銘作であり、700余年の時代を感じさせぬ健全な出来は大和物を代表する名作といえよう。

見どころ2 織田信長・滝川一益・直江兼続etc.…戦国武将たちの名刀
刀匠をはじめとする多くの職人たちの手を経て生み出され、数百年の時をこえて今に伝わる古い日本刀は、名だたる武将たちの愛刀となり、戦陣においてサムライたちの心を奮い立たせてきました。静嘉堂には皆様ご存じの有名戦国武将から、知る人ぞ知るマニア好みの武将まで、彼らの所持した刀が伝わっています。本展では、そのうち代表的な7振を出品いたします。

信長より拝領の朱鞘の太刀!「滝川高綱」
「滝川高綱」の太刀は、織田家重臣で織田四天王のひとり、滝川一益(1525~1586)が主君織田信長より賜ったものという。一益は伊勢攻略で活躍、武田討伐の際には武田勝頼を天目山に追い詰め討ち取る功績をあげ、上野一国と小県郡・佐久郡を与えられている。
本刀もその折に拝領したと伝えられ、刀身とともに重文に指定されている朱鞘の打刀拵は、戦国時代末期の様式を伝える希少な作例。この拵の頭金具には、「織田木瓜」の家紋とともに、信長が永禄11年(1568)に将軍・足利義昭より拝領した「桐紋」が配されており、また鐔は五七の桐の透かし文様であることから、信長の注文で作られたものと考えられている。

「愛」の武将・直江兼続へ贈られた秀吉の形見
直江兼続(1560~1619)は上杉景勝の重臣で、「愛」の前立の兜で知られる武将。
豊臣秀吉から特に気に入られ、大名の家臣(陪臣)でありながらその遺品である本刀を賜った。兼続没後は未亡人のお船の方から主家の米沢藩主上杉家へと献上された。
米沢藩は幕末維新期の戊辰戦争の際、佐幕派の「奥羽越列藩同盟」に加わって官軍に抵抗し敗れるが、姻戚関係にあった土佐藩の助力により、比較的軽い処分で済んだことから、その礼として本刀が土佐藩主山内家へ贈られたと伝えられる。

日置豊前守所持・前田家伝来の名物「日置安吉」
日置豊前守忠俊(1571~1641)は岡山藩家老。池田輝政・利隆・光政の3代にわたって仕えた。本刀は、江戸幕府8代将軍徳川吉宗のときに本阿弥家によって編纂されたといわれる『享保名物帳』所載の「名物刀剣」の一振で、幅広く力強い姿と緻密で美しい地鉄が特徴。

◆ さらに、岩﨑彌之助所用の刀を特別公開!◆
青年時代、彼の命を救った「津田助広」の刀を特別公開します。「津田越前守助廣」と銘が切られたこの刀は彌之助が若い頃に指していたものです。
大阪・成達書院の塾生時代(明治2年頃)、同塾生と口論になった際、斬りかかる相手の刀に本刀を抜き合わせ、難を逃れました。その後、彌之助は兄・彌太郎亡き後の三菱を再建し、事業の多角化をはかり、現在の三菱グループに繋がる基礎を築きました。

見どころ3 重要文化財「平治物語絵巻 信西巻」(鎌倉時代)を3期に分け特別公開‼
源平の争乱の前触れとなった「平治の乱」(平治元年・1159年)。そのおよそ100年後の鎌倉時代中期に描かれたと考えられる「平治物語絵巻」は、現在「三条殿夜討巻」(ボストン美術館)、「信西巻」(当館)、「六波羅行幸巻」(東京国立博物館)の3巻が現存しています。会場に並ぶ鎌倉時代の刀剣と合わせ、絵巻の中に細かく描写された太刀や薙刀、鎧兜の様子をじっくりとご覧ください。

関連イベント

■講演会 「静嘉堂名刀ものがたり ウラおもて」
 対談: 吉川 永一 氏(日本刀剣保存会 幹事・宮内庁侍従職御物御剣掛)× 山田 正樹(本展担当学芸員)
 宮内庁の御剣や静嘉堂の刀剣類を永年手入れし続けてきた吉川氏に、研師ならではのさまざまなお話をうかがいます。
 日時:2017年2月19日(日)午後1時30分より
 場所:地階講堂にて当日先着120名※
 ※当日、開館時より整理券を配布いたします。(お1人様、1枚限定) 午後1時15分開場、整理券の番号順にご入場いただきます。

■学芸員による列品解説
 日時:午前11時から  2月11日(土・祝)、3月11日(土)
   午後2時から  1月26日(木)、2月23日(木)
 場所:展示室または地階講堂にて

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