周りを見渡す、または記憶の中の存在を思い出すとき、その一つ一つはどのような歴史、物語、背景をもっているだろうか。ニエトはその一つ一つを「ただ存在している」と表現している。
「ただ存在している」というのは、そのものが意味のない空の容器のものであるという主張をしているわけではなく、それぞれが重量感のある、しっかりと根を張った存在だという認識のもとに表現された言葉であろう。それぞれがもつ根は完全に隔てられたものではなく、どこかでつながっているとニエトは考えている。ある日、何らかの作用がはたらき、それぞれが不意につながるときがある。ニエトはその偶然的な連想をあえてつなげ、様子を見ているのではないだろうか。出来上がったものはニエトの仮定や想像も含む、いわゆるフィクションのような存在だが、それもまた、そこに「ただ存在している」存在なのである。
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