タイム堂ギャラリーオープニング展 森 万里子:Shrine II ─ 内なる光のトポロジー
開催概要
開催内容
一般財団法人未来文化創造財団(代表理事:堀内貞良)は、「時間をつなぎ、価値を循環させる。」を理念に、文化を未来へ受け継ぐ「社会的資本」として育てることを目指し、2026年8月、京都で設立いたしました。
芸術や工芸、学術研究、地域文化、伝統技術などを対象に、創造・記録・保存・研究・発信・継承をつなぎ、その成果を次の創造へと循環させる仕組みを構築し、文化創造支援やアーカイブ、研究支援、教育・普及、地域文化継承の5つの事業を通じ、文化が持続的に発展する社会基盤づくりを進めます。
その財団の活動の一つとして、2026年11月、京都御所の西南にタイム堂ギャラリーをオープンし、「森 万里子:Shrine II ─ 内なる光のトポロジー」を開催いたします。
10月31日(土)より森美術館では「森万里子:燦燦」が開催されます。ぜひ合わせてご高覧ください。
CURATORIAL STATEMENT | 展覧会ステートメント
現代社会が抱える深刻な分断と不安のただ中で、私たちは「個」という孤独の檻に囚われている。アーティスト・森万里子は、自らが体験した圧倒的な光の記憶──あらゆる次元へと遍く広がる、生命根源の無限なる愛の顕現──を通じて、人類が本来接続されているはずの宇宙的全一性を鋭く呼び覚ます。
本展の核となる《Shrine II》は、春日大社摂社・水谷神社の床下に鎮座する聖なる磐座(いわくら)へのオマージュであり、幾重にも配された几帳の中心に、クリスタル製の磐座が据えられるインスタレーションである。奈良時代以来、龍神信仰の霊地として崇められてきた水谷川の聖性をタイム堂の空間へと転移させる本作は、物質世界と背後の霊的世界とを媒介する「関係性のネットワーク(阿頼耶識)」の可視化に他ならない。
同時に展示される八点の掛け軸には、平安古筆の息づかいに身を委ね、光の体験が詞書として運筆されている。これは文字を単なる情報記号から、生命の脈動を宿した形而上学的な「持続(Durée)」へと開いていく試みである。
ティモシー・モートンが「ハイパーオブジェクト」と呼ぶ、制御不能で人間の知覚や時間・空間の尺度を超えた現象に直面する現代において、森が提示する「聖域」は、単なる日常からの逃避ではない。それは、私たち一人ひとりの内に厳然と存在する静かな光へと立ち返り、魂の永遠なる絆を再発見するための、最も批評的で崇高な思想的実践なのである。
COMPOSITION | 展示構成と作品解説
本展は、空間の中核をなす立体インスタレーションと、壁面を囲む平面作品の共鳴によって、ギャラリー全体をひとつの「知覚の装置(アパラタス)」へと変容させる。
1. 《Shrine II》── 阿頼耶識(あらやしき)のインターフェース
本展の核となる立体インスタレーション《Shrine II》は、歴史の記憶が宿る聖なる磐座へのオマージュとして構築される。幾重にも配された几帳の中心に、クリスタル製の磐座が据えられる。古来より霊地として崇められてきた場の聖性を、京都・タイム堂の空間へと転移させる本作は、古代のアニミズムと、現代の洗練された造形実践がキアズマ(交差)する地点である。無数の光を反射・屈折させるクリスタルの輝きと、几帳のたなびきは、目に見えない次元のエネルギーを現前させ、鑑賞者の意識を深層の阿頼耶識へと接続する。
2. 八点の掛軸 ── 持続(Durée)の運筆
空間の周囲には、八点の掛け軸が展観される。平安古筆の息づかいに身を委ね、アーティスト自身が体験した光の記憶が、詞書として運筆されている。意味を伝達するための単なる情報記号としての文字を脱構築し、筆跡の微細な震えや墨の濃淡を通じて、生命の脈動を宿した形而上学的な「持続(Durée)」へと還流させる試みである。時間の経過とともに変容する自然光の中で、和紙と墨が織りなす空間は、鑑賞者の内なる記憶と静かに共鳴する。
CONTEXT | 「日常」と「永遠」を繋ぐ位相空間
歴史の重層性と人々の営みの息づかいが交差する京都・タイム堂。この固有のトポロジーを持つ空間の只中に、森万里子の《Shrine II》が出現することに本展の決定的な意義がある。
ここで提示される「聖域」は、外部から切り離された非日常のアートスペースではなく、京都御所を目前に望む、タイム堂という固有の歴史的・地理的文脈のなかに置かれることで、静かな必然性を獲得する。千年にわたり時の積層と人々の営みを受け入れてきた、京都というこの土地の記憶は、森の《Shrine II》が内包する古の霊性と深く共鳴する。
聖なる光は決して遠い彼方の概念ではなく、この街の日常と地続きの歴史の内に厳然と息づいている。御所の緑陰と、現代の時間が交差するタイム堂という場が媒介となることで、作品は鑑賞者の「内なる光」へと、ごく自然に浸透し、自己と世界を静かに繋ぎ直す親密な体験として立ち上がるのである。