藤元敬二写真展「tasogare」

開催概要

会期
2026年09月03日 〜 2026年09月13日
会場
OGU MAG (東京都荒川区東尾久4-24-7)
参加クリエイター
藤元敬二
ジャンル
写真

開催内容

藤元敬二写真展「tasogare」
9月3日(木)-13日(日)
OPEN: 木金土日、13:00 - 19:00 (最終日は18:00まで)
月火水は休館・入場無料
●写真展に合わせて会場で販売開始
写真集「tasogare」59部限定手製版  
編集・印刷・作画・製本:藤元敬二 
価格:7100円 (税込)

「tasogare」
私がまだ幼かった頃、優しくて大らかだった五十代の祖母が少しずつ変わっていった。洗濯機の使い方を忘れる。一人でいることを怖がる。幻覚を見て知人に助けを求める。月曜につくれた「きゅうりもみ」が水曜につくれなくなり、金曜には何であるかさえわからなくなる。などなど。母や叔父は祖母を連れて精神病院や脳神経外科などをたくさん巡ったが、病名は特定されないまま四年の月日が流れた。
「ようやく若年性アルツハイマーという病名が分かったときには、悲しさよりもホッとした気持ちが強かった」
今よりもずっと若年性アルツハイマーが世間に認知されていなかった九十年代初頭、原因もわからないまま変わっていく姿を周囲から異常者扱いされたり、不安だらけだった日々を叔父は思い出す。
当事者の家族たちにとって若年性アルツハイマーとは、ただ脳が情報を失い様々なことができなくなるだけの病気ではない。大切な人の心にもう自分は写らないのだと感じる。共に過ごした時や思い出を失なうが如くの衝撃でもあるのだ。
親しい人、気の置けない人から忘れていくという医師の言葉通り、早くに夫を亡くし母子家庭として共に支え合いながら生活をした娘や息子である母や叔父のことを最初に忘れた。仲の良かった姉妹や兄弟、友人達のことも間もなく忘れた。可愛がってくれていた私たち四人の孫たちのこともそのうちに忘れた。大切だった記憶は水の様に流れ去り、あとには過去を失い不思議に澄んだ瞳の祖母が特別養護老人ホームのベッドの上に座っていた。
私は二十代半ば頃から生まれ持った癲癇(てんかん)発作をよく起こす様になり、三十代後半からは発作後に数日から数週間にわたる恍惚状態を経験する様になった。それは私の中の無意識の流れが巨大な自然の流れとつながっていると感じる畏怖の感覚でもあった。そんな現代の情報化社会からはあまり共感されることはないであろう畏怖の経験を通して、若くして記憶を失っていった祖母が感じていたであろう、社会から切り離される恐怖や孤独の断片に少しだけ触れることできた気がした。
人間はコンピューターではない。人生とは、精神とは、歴史絵巻の様にただ横に長く伸びていくだけではないのだ。ときには強烈な縦線を描いたり、斜めに暴走していったり。人生のたそがれ時に無軌道な曲線を描いた祖母の姿を、一冊の写真集として残しておきたいと強く感じた。
記憶とはなんなのか。生きるとはどういうことなのか。祖母の人生という物語が、簡単に言葉や公式だけでは理解することのできない若年性アルツハイマー当事者や家族たちの気持ちを感じてもらうきっかけになってもらえれば幸いである。それはきっと今を生きる私たち自身を、もう一つの側面から感じることにも繋がるのだろうから。
写真集「tasogare」の発行部数は祖母に若年性アルツハイマーの徴候が表れはじめた年齢にちなみ五十九部とした。そんな祖母が七十一歳で他界してから、既に二十六年の歳月が流れた。その間にひっそりと熟成されていた家族の感情を、いま様々な人たちと共有できることに静かな喜びと儚さを感じている。
2026年7月
藤元敬二

藤元敬二写真展「tasogare」