開館10周年記念 「北斎 広重 ふたりの富士、それぞれの富士」

開催概要

会期
2026年06月23日 〜 2026年08月30日
会場
すみだ北斎美術館 (東京都墨田区亀沢2-7-2)
参加クリエイター
葛飾北斎 / 歌川広重
ジャンル
アート
タグ
浮世絵、日本画、版画、浮世絵版画

開催内容

ダイナミックな描写と奇想に満ちた大胆な構図で、私たちの記憶に残る傑作を世に送り出した葛飾北斎。
一方、温和な筆致で名所絵(風景画)のリアリティーを追求し、数々の心に残る名作を発表した歌川広重。
北斎は浮世絵の中で名所絵を主要なジャンルに押し上げ、広重はその人気を長きにわたって支えて圧倒的な支持を受けたため、37歳の年齢差がありながら両者はライバルとして注目されることも少なくありません。
本展では、開館10周年を記念し、この浮世絵の名所絵を代表する二人の巨匠が手がけた富士山のシリーズ作品を中心に展示し、その表現方法の違いや影響関係などを丹念に比較することによって、それぞれの個性を浮き彫りにします。北斎の名作「冨嶽三十六景」を約4 年ぶりに前後期あわせて全点展示するほか、広重の「冨士三十六景」シリーズ全点および「不二三十六景」シリーズも展示します。北斎と広重それぞれがめざした作品世界に少しでも触れていただければ幸いです。

[みどころ]
■北斎「冨嶽三十六景」と広重「冨士三十六景」、堂々そろい踏み!
北斎の「冨嶽三十六景」46 図、広重の「冨士三十六景」36 図を前後期展示替えをしながら全点展示します。
当館での「冨嶽三十六景」の全点展示は4 年ぶりとなります。

■広重晩年の大作「名所江戸百景」から富士が描かれた図を紹介
広重最晩年の大作として知られる「名所江戸百景」から、富士山が描かれた図を選りすぐり、紹介します。

■二人の巨匠の作品を比較し、それぞれの個性を浮き彫りに!
同じ場所または類似した構図の作品を比較しながら、北斎と広重、それぞれの個性、それぞれがめざした作品世界を浮き彫りにします。

[展示構成]
序章 江戸っ子の富士

富士山は古くから信仰の対象であり、江戸の町々からよく見えたため、江戸っ子にとって憧れの存在でした。
江戸の各町には富士山への参詣等のために奉加寄進を行う団体「富士講」が組織され、正月の早朝に富士山を遥拝する初富士や、旧暦6月1日の富士の山開きに合わせて富士山を礼拝し、市中各所の浅間(せんげん)神社などの祭礼に出かけて、藁蛇(わらじゃ)という縁起物を買い求めるなど、江戸っ子と富士山は強い結びつきがありました。この章では、江戸の人々が富士山に抱く想いをさまざまな資料や作品によって見ていきます。

1章 北斎の富士

葛飾北斎(1760-1849)が70代で発表した代表作「冨嶽三十六景」は、各地から見える富士山をめぐる風景を紹介した錦絵シリーズです。富士講が盛んな状況を捉えつつ、18世紀初頭にベルリンで開発された発色のよい化学顔料ベロリン藍を用いるなど、北斎の画力・発想力はもちろんのこと、版元の西村屋与八の戦略もうまく作用し、全46図まで続くヒット作となりました。この章では「冨嶽三十六景」の出版背景と、シリーズ中、北斎らしい場所の選定や構図で描かれた作品を紹介します。

2章 広重の富士

歌川広重(1797-1858)といえば、天保4~ 6年(1833-35) 刊行の保永堂版「東海道五拾三次」、安政3~5年(1856-58) 刊行の「名所江戸百景」が知られていますが、実は北斎よりも多く、生涯で2つの富士山のシリーズを発表しています。1つは嘉永5年(1852) 頃刊行の「不二三十六景」、2つ目は安政5年までに描かれ、没後の翌6年に刊行された「冨士三十六景」で、両方とも36図からなります。この章では広重の名所絵制作に対する考え方を示す資料とともに、これらつの広重の富士シリーズおよび富士が多く描かれている「名所江戸百景」より、広重らしい場所の選定や構図の作品を選び紹介します。

3章 北斎 広重 ふたりの富士、それぞれの富士

北斎の「冨嶽三十六景」、その約20年後に刊行された広重の「不二三十六景」、さらに約10年後に刊行された「冨士三十六景」、そして「冨士三十六景」と同じ頃に刊行された広重の「名所江戸百景」の富士図も合わせて比較し、北斎と広重のめざした表現世界の違い、北斎から広重が受けた影響、さらに広重が自らの画風を打ち立てようとした軌跡を辿ります。

開館10周年記念 「北斎 広重 ふたりの富士、それぞれの富士」