高橋大輔 個展「眠る絵画」

「32-62 眠る絵画」 2016-2017年 h.24.9 × 35.2 cm パネルに油彩
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    会 期
    20180421日 -  20180519
    開催時間
    11時00分 - 18時00分
    金11時00分 ~ 20時00分
    休み
    日・月・祝
    入場料
    無料
    作品の販売有無
    販売有
    この情報のお問合せ
    URANO
    情報提供者/投稿者
    開催場所
    URANO
    住所
    〒140-0002 東京都
    品川区東品川1-33-10-3F
    最寄り駅
    天王洲アイル
    電話番号
    03-6433-2303

    詳細

    参加クリエイター

    展覧会内容

     高橋大輔(1980 年埼玉県生まれ) は、 東京造形大学を卒業後、埼玉にアトリエを構え制作を行っています。 これまで、立体作品と見紛うほどに厚塗りされた油絵の具による抽象絵画で注目を集め、 「NEW VISION SAITAMA5 迫り出す身体」 (2016 年、埼玉県立近代美術館)、「ペインティングの現在 -4人の平面作品から-」(2015 年、川越市立美術館)、「絵画のありか」 (2014 年、東京オペラシティアートギャラリー)など、各地の美術館での展覧会に参加しています。 今回初となるURANO Viewing spaceでの個展では、高橋が「夜の絵画」と呼ぶこれまでの作品とはまた違った「昼の絵画」、 またそれらの中間である「眠る絵画」を中心とした新作約15 点を展示いたします。 これまで地球上に存在してきた全てのペインターへのリスペクトを、朴訥とも言えるひたむきさでキャンバスにたたきつけた、 生命力溢れる作品の数々をぜひご高覧ください。

    「眠る絵画」 高橋大輔

     2016 年のある時期から、「眠る絵画」というシリーズの絵を描き始めた。透過する膜の向こうにイメージが遠ざかっていくような、あるようでいて、ないかのような。 絵画自体が瞼を閉じているような。 人は眠りについたとき、荒唐無稽な夢を見る。 そういう荒唐無稽を掴んで、固定化しているのではないかと思えるほど、自分にとっての絵画は、矛盾や混乱をそのプロセスに孕んでいる。 それは非合理的で把握しきれないものだった。そういった困難の中で、 かろうじてなにかを掴んだら、筆を置き、 絵を乾かし、 見えないところに置き、 眠らせておく。

    ===
    「高橋大輔展に寄せて」 藪前知子

     一口に「絵画を描く」といっても、そこには無数の選択があり、全く異なる組成のプロセスがある。 たとえば、エスキースを重ねてモチーフを定め、それをカンヴァスに転写し、定着させるプロセスを経た絵画と、高橋大輔の絵画は、全く異なる時系列を内包している。前者が構想から完成までのリニアな時間軸の中にあるとすれば、高橋の絵画は、そのような既存の時間軸に抗うものだ。一筆ごとに形を変え、どこで終わるかも定まらない。 タッチ一つ一つが時間を作る。高橋の絵画は、それらが置かれた時間を物質化したものだと言ってみたい。

     高橋大輔は、基底面のカンヴァスの形すらもわからなくなるほど、油絵具を厚塗りさせた絵画で注目を集めた画家である。しかしある時点から、画面をえぐり、重なって見えなくなっている下層を露出させる展開が起こる。堆積されていく時間がリニアで硬直したものになってしまっていくことへの無意識の恐れが生じたのだろうか。同時に彼は、夜の時間に制作するという、それまでの習慣をやめる。 自己の世界に深く潜っていく夜特有の時間の中で、絵を描くという営みが、人生の経験や記憶と関わりを持ちすぎてしまうことを危惧したという。

     その辺りから、彼の一筆は、過去から切り離され、それが置かれた瞬間の時間を宿したものに変化したのだと想像する。膨大な選択肢を前にした、彼の終わらない格闘が始まった。何を選択し、定着させ、どこで止めるべきなのか。全てが等価で恣意的な選択であることから逃れられないのではないか。その逡巡は彼に、膨大な数の作品を描かせた。80点にも及ぶ油彩作品に加えて、 2 年の間に描かれた 930 点に及ぶドローイングには、寄りかかるべき物語も対象物もないまま、素手で何かを 捕まえようとする、困難を伴う試みの数々が刻印されている。今回の出品作の一つ、「眠る絵画」と題されたシリーズ作品には、全て画面の表面に薄く透明の膜が掛けられている。画家と絵画とのひとまずの折り合いとして、その一層が、絵画の組成の終わりをもたらしている。

     今や高橋が対象にしているのは、特定のイメージや記憶ではなく、「絵画」という一つの総体である。 絵画史を紐解き、何を描いても過去に描かれた誰かの絵画の記憶が去来するという状況の中で、 なおかつ描くことを諦めずに描き続ける。描くことの選択の中に恣意性が現れることを回避しようとし、なおかつこれまで描かれたどの絵画でもないものを生み出すということは、自分でも他人でもない、未だ会ったことのない誰かを探し続けるような、気の遠くなるような営みである。しかし、 彼のその道程自体が、全ての画家が多少なりとも共有する、「絵画とは何か」という問いの諸相を体現していると言えるのではないか。まずこのことを確認した上で、格闘の末に画家が何に出会い、選んだのかに向き合うこととしたい。

    関連イベント

    シンポジウム「共同体について」5月12日(土) 18時から20時
    登壇|松浦寿夫、梅津庸一、ほか

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