特別展「小磯良平と吉原治良」

田中千代学園芦屋校アトリエ開き・寄せ書きに描く吉原とそれを見つめる小磯 1952年7月 写真提供:学校法人田中千代学園
あと34日後に終了
    タグ
    • 印刷する
    会 期
    20180324日 -  20180527
    開催時間
    10時00分 - 18時00分
    会期中の金・土曜日は夜間開館、20時00分まで
    入場は閉館の30分前まで
    休み
    月(ただし4月30日〔月〕は開館、翌5月1日〔火〕は休館)
    入場料
    有料
    一般1,300(1,100)円 大学生900(700)円 70歳以上650(550)円 高校生以下無料
    ※( )内は前売および20 名以上の団体割引料金。 ※70歳以上は前売なし。 ※障がいのある方(70歳以上を除く)は各当日料金の半額、その介護の方1名は無料。
    展覧会の撮影
    不可
    作品の販売有無
    展示のみ
    この情報のお問合せ
    兵庫県立美術館
    情報提供者/投稿者
    開催場所
    兵庫県立美術館
    住所
    〒651-0073 兵庫県
    神戸市中央区脇浜海岸通1-1-1
    最寄り駅
    岩屋
    電話番号
    078-262-0901

    詳細

    参加クリエイター

    展覧会内容

     小磯良平(1903-1988)と吉原治良(1905-1972)は、ともに戦前から戦中、そして戦後にわたって阪神間を主な拠点として活躍した画家です。小磯は東京美術学校を卒業後渡欧し、アカデミックな西洋美術の正統な継承者をめざし、官展や新制作派協会にて類いまれなデッサン力を駆使した珠玉の人物画を数多く制作・発表し、日本を代表する具象絵画の巨匠として活躍してきました。一方の吉原は、家業である製油会社を経営しつつ、ほぼ独学で絵画の技法を習得し、戦前の海外の抽象絵画に影響を受けた前衛的な作品を二科会の九室会で発表、戦後は日本の前衛美術を代表する具体美術協会の主宰者として数多くの抽象絵画を手がけました。このようにほぼ同時代を地理的にきわめて近い位置において制作してきたにもかかわらず、彼らを同時に評価する機会はほとんどありませんでした。

     しかし「同時代性」と「地域性」に着目してみると、小磯と吉原にはまったく対照的であると同時に類似性も認められます。ともに西洋美術に自らの創作の規範を求め、それを極限にまで推し進めることで同時代の日本の美術界に大きな影響力を与えたこと、戦後には、片や母校の東京芸術大学で、片や具体美術協会を中心とした組織で優秀な後進を数多く輩出したこと、また戦後にともに舞台美術を手がけたことなど、その画業には何かしらの共通点があります。

     この展覧会は阪神間の生んだこのふたりのモダニストの足跡を、代表作を時代毎に「並置」することで、その対照性と類似性を明らかにしつつ、それぞれの画業を再確認するものです。

    [展示内容]
    1920 年代:初期の画業
     東京美術学校に入学した小磯は洋画家の藤島武二に師事し、1926(大正15)年の第7 回帝展(帝国美術院美術展覧会)に《T 嬢の像》(同館蔵)で特選を受け、翌年同校を首席で卒業後、盟友の詩人竹中郁とともに1928(昭和3)年からヨーロッパに向かいます。
     一方の吉原は1924(大正13)に関西学院高等商業学部に入学、勉学のかたわら府立北野中学の同級生の紹介をきっかけに艸園会というグループに属し絵画制作に励みます。1928(昭和3)年には洋画家上山二郎から東郷青児を紹介され、同年大阪朝日会館で初個展を開催するなど充実した日々を送りました。
     ここでは絵画を描き始めたふたりの初期の作品を紹介します。

    1930-40 年代前期:充実と激動の時代
     ヨーロッパから帰国した小磯は、日本における西洋絵画の正統な継承者をめざして、類いまれなデッサン力を駆使した珠玉の人物画を数多く描きました。しかしその高い技量は軍部の目に留まり、小磯はつごう4回にわたって従軍画家として戦地に赴き戦争画を手がけることとなりました。
     一方の吉原は家業の製油会社の経営のかたわら、諸外国の美術の潮流をいちはやく入手し、シュルレアリスム的傾向から抽象絵画へと至る斬新な作品を数多く創作し、九室会という先鋭的な二科会グループで活躍しますが、軍国主義の日本で抽象美術は否定され、やむなく具象絵画制作へと向かいます。
     ここでは画業のピークを迎えたふたりがそれぞれ当時の日本でどのように対応したかを検証します。

    戦後-1950 年代前期:変革の時代
     敗戦後の日本では、荒廃した文化の復興に芸術家や文化人が総力を挙げて結集しました。小磯や吉原もともに、少年少女雑誌の表紙絵や挿絵、図画工作の教科書の監修、舞台美術の制作などに取り組みました。それと並行して小磯は、戦争画制作で培った群像表現に活路を見出し、高揚する戦後の復興の気分をみなぎらせた作品を多く創作します。一方の吉原は戦争で失った人間性を取り戻すかのように、デフォルメされた少女や鳥といったモチーフを集中的に描きます。
     ここでは戦後日本を象徴するかのようなふたりの対照的な作品を展示し、あわせて彼らが手がけた当時の雑誌や資料類を紹介します。

    1950-60 年代:暗中模索と後進育成のはざまで
     戦後の美術界は、旧来の伝統的な価値観が根底から覆され、美術の大きな潮流はフランスからアメリカへ、また具象絵画から抽象美術へと変化していきます。そんな中、1950(昭和25)年から母校の東京芸術大学の講師となり、後進の育成につとめるようになった小磯は、新しい潮流を自作に取り入れるべく、従来の画風からは一変して、幾何学的な線描や原色を多く用いた絵画を制作しました。一方の吉原は、自宅を訪れる若き美術家を結集して1954(昭和29)年に具体美術協会という前衛美術グループを立ち上げますが、若き後輩たちが手がける、主に同時代に世界的に主流であった抽象表現主義やアンフォルメル(不定形絵画)を彷彿とさせるむせ返るような抽象表現を前に、創作に苦しみます。
     ここでは戦後の美術の潮流の中で、自作の傾向を変えるに至ったふたりの作品を展示します。

    晩年:飛躍と成熟の時代と終幕
     東京オリンピックが開催された1964(昭和39)年頃を境に、ふたりの作品はそれぞれ新たな展開を迎えます。小磯は抽象的な画面構成を自作から徐々に駆逐し、生来の穏やかな描写を生かして、静謐な人物画や静物画を数多く手がけます。最終的には東京・赤坂の迎賓館の対幅壁画で当代の風俗を記念碑的画面に展開する偉業として結実させました。一方の吉原は、混沌とした画面に円環のフォルムを紡ぎだし、それらは一連の「円」を扱った大作で、簡潔な色彩のコントラストと大胆なフォルムが唯一無二の個性となって結実しました。
     ここでは彼らが晩年に手がけた作品を展示し、ともに最終的に到達した画業を振り返ります。

    [作家紹介]
    小磯良平〔こいそ・りょうへい 1903(明治36)-1988(昭和63)〕
     神戸中山手通生まれ。1917(大正6)年兵庫県立第二神戸中学校(現・県立兵庫高校)に入学、生涯の友となる竹中郁と親交を結ぶ。1922(大正11)年、東京美術学校西洋画科に入学、藤島武二に師事。在学中の1925(大正14)年、第6 回帝展に初めて出品、入選。翌年の第7 回展には《T 嬢の像》が特選。1927(昭和2)年同校を首席で卒業。1927 年より渡欧(1930 年まで)。帰国後の1932(昭和7)年、初の個展を神戸鯉川筋の「画廊」で開催。1935-36(昭和10-11)年のいわゆる帝展改組に反旗を翻し、「新制作派協会」(現・新制作協会)を猪熊弦一郎らと結成。技術の高さを買われて従軍画家として戦地につごう4 回にわたって赴く。1950(昭和25)年、母校の東京芸術大学油画科に講師として赴任(1971 年まで)。1973(昭和48)年、赤坂迎賓館の壁画制作の依頼を受け、翌年完成。戦前から戦後にかけて、一貫して具象的な人物画を得意とした。1983(昭和58)年、文化勲章を受章。1988(昭和63)年、兵庫県立近代美術館(現・兵庫県立美術館)に小磯良平記念室が開館。同年神戸で死去。1992(平成4)年、神戸市に寄贈された油彩画、デッサン、アトリエの建物などをもとに、神戸市立小磯記念美術館が開館。

    吉原治良〔よしはら・じろう1905(明治38)-1972(昭和47)〕
     大阪淀屋橋南詰の植物油問屋「吉原商店」の次男として生まれる。1917(大正6)年大阪府立北野中学校(現・府立北野高校)に入学。在学中に絵に関心を深め、山本鼎の著書を手本に独学で描き始める。1923(大正12)年関西学院高等商業学部に入学、在学中に芦屋に転居。阪神間の若手美術家グループ「艸園会」や関西学院の美術クラブ「弦月会」に所属。1928(昭和3)年、初の個展を開催後、関西学院を退学し、父の経営する吉原定次郎商店に入社。翌1929(昭和4)年西宮の自社工場内にアトリエを構える。同年藤田嗣治からオリジナリティの重要性を説かれ、以後終生それを堅持する。1934(昭和9)年、第21 回二科展に5 点出品・入選。1938(昭和13)年、九室会結成に参加。1941(昭和16)年、吉原製油株式会社取締役就任。終戦の年、疎開先の六甲山北部から芦屋に戻り、戦後の文化復興に奔走する。1954(昭和29)年、「具体美術協会」立ち上げ。1958(昭和33)年、具体展準備のため初渡米・初渡欧。海外の前衛美術の傾向をいちはやく収集し、戦前から戦後にわたって抽象絵画を中心にモダニズム絵画のパイオニアとして国内外の美術界に影響を与えた。芦屋で死去。

    関連情報

    ■連続鼎談
    ①吉原治良編
     4 月22 日〔日〕14 時から(約90 分)
     出演:加藤瑞穂氏(大阪大学総合学術博物館招へい准教授)、高柳有紀子氏(大阪新美術館建設準備室主任学芸員)、
        鈴木慈子(同館学芸員)
    ②小磯良平編
     5 月6 日〔日〕14 時から(約90 分)
     出演:辻智美氏(神戸市立博物館学芸員)、恵崎麻美氏(関西大学東西学術研究所非常勤研究員)、西田桐子(同館学芸員)
    場所:いずれも同館ミュージアムホール(定員250 名/先着順・友の会優先座席あり) 
    聴講無料(ただし展覧会観覧券もしくは半券が必要)

    ■学芸員による解説会
    4 月14 日〔土〕、5 月19 日〔土〕いずれも16 時から(約60 分)
    場所:いずれも同館レクチャールーム(定員100 名) 聴講無料

    ■学芸員による夜のガイドツアー(「美術館の日」関連事業)
    4 月28 日〔土〕18 時から(約60 分) 同館3 階「小磯良平と吉原治良」展入口前集合 参加無料(ただし要観覧券)

    ■ミュージアム・ボランティアによる解説会
    会期中の毎週日曜日午前11 時から(約15 分) 場所:同館レクチャールーム(定員100 名) 参加無料

    主催・協賛・後援

    主催:兵庫県立美術館、読売新聞社、美術館連絡協議会
    後援:公益財団法人 伊藤文化財団、兵庫県、兵庫県教育委員会、神戸市、神戸市教育委員会
    協賛:ライオン、大日本印刷、損保ジャパン日本興亜、TKG Foundation of Arts & Culture、ネッツトヨタ京都
    助成:一般財団法人 安藤忠雄文化財団
    特別協力:大阪新美術館建設準備室、神戸市立小磯記念美術館、芦屋市立美術博物館

    平均:0.0 
    レビューした人:0 人

    近くの展覧会

    人気の展覧会

    <<        >>

    クリップした展覧会はありません。