ゴーギャンとポン=タヴァンの画家たち展

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会 期
20151029日 -  20151220
開催時間
10時00分 - 18時00分
ご入館は17時30分まで
休み
11月4日(水)、11月11日(水)
入場料
有料
一般:1000円/65歳以上:900円/大学生:700円/中・高校生:500円/小学生以下無料
※20名様以上の団体は100円割引 ※障がい者手帳をご提示の方、及び付き添い者1名まで無料でご入館いただけます
作品の販売有無
展示のみ
この情報のお問合せ
03-5777-8600(ハローダイヤル)
情報提供者/投稿者
開催場所
パナソニック 汐留美術館
住所
〒105-8301 東京都
港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4F
最寄り駅
汐留
電話番号
03-5777-8600

詳細

展覧会内容

20世紀美術は、巨匠ゴーギャン最初の楽園ポン=タヴァンから切り開かれた。

「私はブルターニュが好きだ。そこには野生があり原始がある。私の木靴が花崗岩の大地に響きわたるとき、私が絵画において探し求めている、鈍くこもったような力強い音が聞こえてくるのだ」
(ゴーギャンから友人で画家のシュフネッケルに宛てた手記。1888年2月、ポン=タヴァンにて)

フランスの北西に位置するブルターニュ半島の小さな村、ポン=タヴァンはゴーギャンが訪れるよりも前から芸術家たちをひきつけ、創作活動を支えた魅力的な土地でした。1886年、パリを離れたゴーギャンは初めてこの小村に滞在し、壮大な自然と明るい光、そして現地の人々に連綿と受け継がれる古い伝統文化に魅せられ、以降、何度も作品制作のために赴きます。この地でゴーギャンはエミール・ベルナールらと「印象派」を超える新しい絵画を追求し「総合主義」という現実と人間の想像力を一つの画面のなかに構成するスタイルを見出します。さらに若き画家ポール・セリュジエへのゴーギャンの指導はモーリス・ドニを中心とした「ナビ派」の結成につながりました。

ポン=タヴァンで繰り広げられた芸術の冒険は、20世紀美術の先駆けとして新たな時代を切り開いたと言って過言ではないでしょう。「印象派」から「総合主義」、「ナビ派」、そして「象徴主義」といった大きな転換の流れに立ち会うと共に、ゴーギャンと、ポン=タヴァンで活動した画家たちの個性や才能の輝きに出合うことが本展の見どころです。

本展には、ブルターニュ地方のカンペール美術館とブレスト美術館、そしてデンマークのニイ・カールスベルグ・グリプトテク美術館などから出品されるゴーギャンとポン=タヴァンの画家たちの作品73点が展示されます。

第1章 1886年ゴーギャンの最初の滞在
 1886年夏、ゴーギャンは芸術家の集まる場所として有名なポン=タヴァンを訪れます。経済的に困窮していたゴーギャンは、新しい主題と変化に富む風景、そして格安の滞在費といった条件が整ったこの土地を大いに気に入り、幸福で充実した制作の時間をすごしました。彼は7月中旬から10月中旬までポン=タヴァンに滞在して、多数のデッサンと18点の油彩画を残しました。またこの時期、ゴーギャンの仲間であるシュフネッケルや、若き画家のエミール・ベルナールもこの地を訪問しています。秋にパリに戻ったゴーギャンは、陶芸家エルネスト・シャプレのアトリエでポン=タヴァンのモチーフを取り上げた壺など陶器製品を制作しています。

第2章 総合主義の創出
 1888年1月、ゴーギャンは再び元手の無い状態でポン=タヴァンに滞在します。その夏、エミール・ベルナールがゴッホの推薦状を携えてゴーギャンを訪問します。ゴーギャンは20歳若年のベルナールを心から歓迎して、若き画家の情熱や絵画の理論家の能力、そしてクロワゾニスムに大いに関心を示しました。この2人の絵画における交流はやがて、二つの空間や二つのの概念の両義性を解決する手法として、客観的現実と想像力の投影との間の釣り合いを、同じひとつの画面に構成するという方法である「総合主義」をうみだします。そしてポン=タヴァンの名前は近代美術史の中に書き込まれることとなるのです。

第3章 ル・プールデュでの滞在とグループの拡大
 1889年春、ゴーギャンらはパリ万博に合わせてカフェ・ヴォルピニにて「印象主義および総合主義グループの絵画」展を開催しました。ポン=タヴァンで制作した作品を展示することで、ブルターニュの魅力を伝えます。その後6月にポン=タヴァンに戻るものの、アカデミズム絵画の画家たちも大勢滞在している当地に我慢が出来ず、仲間たちと近隣の小村ル・プールデュに移動します。彼らはマリ・アンリの宿に落ち着き、宿の食堂を協働して装飾するなど互いに刺激し合う素晴らしい交流を持ちます。ゴーギャンにとっても実り豊かな時代であり、またタヒチに向かう夢を膨らませた時期でもあったのです。

第4章 ブルターニュでの最後の滞在、そして最後の仲間たち
 1893年夏、タヒチから戻ったゴーギャンは、新しい作品の販売を促すためパリに滞在しました。その後1894年4月にル・プールデュに赴き、次いでポン=タヴァンに滞在します。結果的にこの滞在では、ゴーギャンは脚の怪我の為に作品の制作は限られたものとなりました。そして滞在から数ヶ月後、オセアニアに新たな追求をすべくフランスを去り、マルキーズ諸島に向かうことになるのです。ポン=タヴァン派とは、多数の若い芸術家たちを、そのカリスマ性でまとめたゴーギャンの支配的な個性と天才の周りで結晶化してモノでした。その現場となったブルターニュとポン=タヴァンは、間違いなく20世紀美術を宣言する最初の大きな運動を可能にしたといえるでしょう。

主催・協賛・後援

主催:パナソニック汐留ミュージアム、日本テレビ放送網、読売新聞社
後援:在日フランス大使館/アンステチュ・フランセ日本、港区教育委員会
企画協力;ホワイトインターナショナル

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