和田真由子「ファサード」

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会 期
20131019日 -  20131123
開催時間
11時00分 - 19時00分
休み
日・月・祝
入場料
無料
この情報のお問合せ
児玉画廊
情報提供者/投稿者
開催場所
児玉画廊|京都
住所
〒601-8025 京都府
京都市南区東九条柳下町67-2
最寄り駅
十条
電話番号
075-693-4075

詳細

参加クリエイター

展覧会内容

 児玉画廊|京都では10月19日より11月23日まで和田真由子個展「ファサード」を下記の通り開催する運びとなりました。
 和田は頭に浮かぶ物質性のない「イメージ」が、物体としての作品に置き換わっていく原理について独自の視点から捉えようとしています。昨年は国立国際美術館「リアル・ジャパネスク」展、兵庫県立美術館「現代絵画の今」展、本年は上野の森美術館「VOCA2013」に平行して、個展「火のための枠」(児玉画廊|東京)と精力的な発表を続け、今回の個展は更にもう一段階新たなコンセプトを掲げての新作発表となります。
 和田の作品を見るにあたり、整理しておくべきキーワードがいくつかあります。まず一つ目として「イメージ」について、二つ目に「立体」あるいは「平面」について、そして三つ目に「絵画」についてです。
 一つ目の「イメージ」とは、頭に思い浮かぶ「像」のことです。和田はその「像」をいかに具体化させるか、そのことを作品制作を通して追求しています。和田にとっては、ヨットや馬、鳥、飛行機、レンガ作りのビルなどが「像」として思い浮かべやすい定番のモチーフですが、それらは誰もが容易に想像できるシンボリックな図像であり、鑑賞者が作品を前にして自らの認識や感覚と比較しやすい為に、和田独自の解釈が際立って見えるという利点もあります。また和田は、頭の中にある「イメージ」は、立体ではなく「書き割り」的なものではないかと仮定しています。つまり、和田の脳裏では、手前に見えるものの層、奥にあるものの層、といったように、奥行きが層の重なりとして思い描かれています。
 二つ目の「立体作品」と「平面作品」について、その定義をあらためて再考することにより、和田の独自性における重要なポイントを見いだすことができます。和田にとって「立体作品」とは、それは単に姿形が立体的であるという意味ではなく、見た目が平面的であっても、何らかの方法で立体としての構造を再現できていれば、それは「立体作品」として分類されます。「平面作品」についても、論点は同じです。例えば和田の作品で、紙に素描するような感覚で、モチーフの大まかな形と質感をビニールやベニヤ板などに置き換えて捉えたものがあります。それらはぼんやりとしか想像できなかった部分を柔らかなビニール素材で曖昧に、はっきりと思い浮かんだパーツは硬いベニヤ板で具体的に、というように、あくまで和田がモチーフを思い描いた時の具体性の差異を素材の強弱に置き換える試みであって、モチーフの立体的特徴を捉えたものではないのです。それは通常の絵で言えば、モチーフの輪郭線を明瞭にするか、ぼかすか、といったことと同義です。従って、見た目は立体造形ではありますが「平面作品」となるのです。和田の「平面作品」「立体作品」の区別は、外見上の「平面」「立体」と必ずしも同じではない、ということを意味しています。
 三つ目の「絵画」については、「絵画」とは、何らかの「イメージ」が平面上に描かれたものですが、和田の頭に浮かぶ「イメージ」は上述のように立体感が書き割りのパーツの重なりとしてレイヤーの状態になっているのため、遠近法や明暗法などのいわゆる一般的な絵画的表現では上手く描き表せられないのです。従って、ひとまず自分の作品を「絵画」の定義から切り離し、それと比較することで自身の作品表現がいかなるものであるのかを分析しようとしています。しばしば和田の作品において「~の絵」や「~のドローイング」といったタイトルが付けられたものがありますが、それらは和田の「イメージ」に対して、敢えて何らかの「絵画」的手法を導入した作品として制作されたものを指します。 さて、和田は今年3月の個展「火のための枠」(児玉画廊|東京)において、「火」のように物質感が曖昧な「イメージ」を実際の空間に再現し、保持するための「枠」、つまり支持体や受け皿のようなものを作る、ということについて考察と実践を行いました。和田の作品が薄く柔らかな素材であったり、現実的には無理が生じる構造であるために、どうしても展示の際に木枠や鉄の棒のような支持体を必要とします。そのことを理論上の矛盾とするのではなく、逆に自身の作品にとってどうしても必要不可欠な要素として意味付けをし、導入したのです。それを踏まえ今回の個展では、この支えられなくては存在できない薄っぺらな「イメージ」を如何に認識すべきか、という、いよいよ和田作品の核心に迫る内容となります。これまでも作品を制作するにあたり、造りが想像しやすい建築物をモチーフに選ぶことが多くありました。そこで今回和田は建築物をサンプルとして自分の「イメージ」について再考することにしたのです。
 建築には「ファサード」という概念がありますが、この建築物に「正面」を作る、という考え方に和田は着目しました。なぜ「イメージ」は書き割りのような状態で思い浮かぶのか、ということを改めて考えた時、「正面性」といった論点から説明がつくのではないかと仮説を立てました。ここでまた和田の考えに沿って、この「正面性」について少し掘り下げた解釈をせねばなりません。いわゆる「ファサード」とは建物の顔を設けるという建築デザイン上の要件です。和田はそれを、建築という全方位的な立体構造物に対して「正面」はここであるという限定的な視座を与える概念、というように読み替えたのです。一方、和田の作品で表現されているモチーフは、例えば馬が横を向いている様子や、建物を斜めから見た様子、というようにモチーフそのものの「正面」と正対しているとは限らないのですが、横向きの馬でも、斜めから見た建物でも、それをそのモチーフの「正面」であると捉えて「イメージ」しているのだ、と自らを分析しました。そのことは建物を斜めから見ながら片目をつむれば奥行きの感覚が消えて、長方形だと認識していた建物の壁面の形が、単に台形を「正面」から見ているのと変わりない、とすることと同義です。このことが、和田が奥行感や厚みが無いのにも関わらず「立体作品」であると言ったり、画面上に建物を「建て」ていると主張することに対して某かの示唆を与えてくれます。和田にとって脳裏に浮かぶあらゆるものは、「正面」から捉えられる範囲、或はその範囲から明らかに想定できる部分以外は全く存在しないので、裏側に隠れている構造や、内側にあって見えない空間のことは結果として無視されることになります。だからこそ、モチーフの構造が薄っぺらな層を重ねた書き割り状態として置き換えられているのです。そして、その観点に立ってはじめて、平面上で建物を建てる、という逆説的な現象が可能となるのです。

 「私の脳裏に浮かぶイメージは表面的で裏側や厚みがない。故にイメージがそれ自体で自立するための構造を持てない。」(和田真由子)

 今回の展覧会において和田は、自分の「イメージ」を忠実に具現化する作品を作る、という基本コンセプトの原初に立ち帰り、その「イメージ」とはそもそも一体どのようなものなのかと再考しようとしています。「イメージ」の「正面性」という観点から自身の作品の本質について新たな解釈を導き出そうとしているのです。
 

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