Visual Sensation vol.5

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会 期
20130317日 -  20130406
開催時間
12時00分 - 17時00分
初日のみ12:30~
休み
水・木
入場料
無料
この情報のお問合せ
Gallery Den mym 0743-94-0012
情報提供者/投稿者
開催場所
Gallery Den mym(ギャラリーデン南山城村)
住所
〒619-1422 京都府
相楽郡南山城村高尾下廣見35
最寄り駅
大河原
電話番号
0743-94-0012

詳細

展覧会内容

Gallery Den mym選抜 気鋭の若手平面作家のビエンナーレ

3.11以後、詩を書くことは…
 
                                    国立国際美術館 中井康之
 
 「アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である。」20世紀ドイツを代表する哲学者テオドール・W・アドルノの夙に知られるこの命題を、3.11東日本大震災以降、耳目に触れる機会が多くなったと感じているのは私だけではないだろう。数百万人にも及ぶと言われるユダヤ人がアウシュヴィッツ強制収容所に送り込まれて虐殺されたのは、ヒトラー率いるナチス・ドイツが優生学的見地という名目によって「大ゲルマン帝国」を実現するために、唯一文化創迫力を持つ(と想定されていた)アーリア人種との「血の選別」を効率的に行うためであった。その悍ましい蛮行を、ある意味では想定されていた、自然による大災害と比べる基準など存在しないように思われるのだが、その命題を口にする者は、その二者が齎された誘因を問うことではなく、その大震災によって受けた被害の甚大さと理不尽な状況を表すために過去の人類史上の非人道的行為を持ち出した。要するに、アドルノのこの命題を引く者は、根源的に不条理な条件が課された中において芸術が有効であるか否かを問いたいのである。
 
                   *
 
 アドルノが、先の命題を含めた論文「文化批判と社会」を著したのは1949年である。フランクフルト大学で哲学と心理学そして音楽学を学んだアドルノは、1924年にフッサールの現象学に関する論文で博士号を所得し、1930年に教授資格を得て1931年には同大学で教鞭を執っている。しかしながら、ユダヤの血が流れるアドルノは1933年9月に教授資格を剥奪され、1938年2月にはニューヨークヘ移住することを余儀なくされる。1941年には西海岸へ移り、その地で多くの論文執筆を手掛けることになる。1949年8月には、フランクフルト大学哲学部から復学の依頼を受け、1949年末にフランクフルトヘ戻っている。このような経緯を述べると、当該論文に於いて冒頭の命題が導き出されるような論理が展開されているように思われるかもしれないが、実はその論文に於けるアドルノの射程はより広範な(或いは大衆社会という現実の中に於ける卑近かつ現実的な)文化一般に対する批判の有用性と限界を問うものなのである。そして、論文の最終段階では、精神は物象化され、その物象化を振り切ろうとすることが困難となることを示唆し、「文化批判は、文化と野蛮の弁証法の最終段階に直面している。」と断じた上で、冒頭の命題に繋がるのである。要するに、アドルノは、アウシュヴィッツの耐え難い蛮行が、前段で指摘したような文化的(とアーリア人種たちが考えていた)思想に基づいているとするならば、そのような文化と同根である文化的な行為は成立し得ない、ということは元より、既に20世紀中頃の世界に於ける文化は物象化され、アウシュヴィッツを待つまでもなく詩を書くことが困難になっている、ということを述べているのである。
 
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 繰り返そう。アドルノは20世紀中頃の、比較的に物質文明が発達していたであろうアメリカ西海岸に於いて、文化は物象化し、内在的方法によっても批判的な精神が成立し難い状況が生まれていることを、自らの人生も狂わせてしまった怪物化したイデオロギーによって齎された人類史的蛮行を例示することによって、秘やかに告発している訳である。翻って、此の国の文化批評に於いて、アドルノが示した強靭な精神に比する文化的な精神思想を見出すことは難しい。3.11の大地震によって引き起こされた巨大な津波に飲み込まれた事象に対する直接的な対応を示すばかりであり大局的な構図を見せることはない。或いはまた、姿を見せることのない放射能という怪物に対して根源的に思想の転換を図るための処方箋が書かれることもない。
 詩を書こうとする者は、精神的支柱が現れなければ、自らがそれを想定しながら、自らの表現によって実践(プラクシス)する他に術はないだろう。実践(プラクシス)とは、アリストテレスが述べるように、人間社会を対象とする公共性を有した精神的な倫理的・政治的態度のことである。
 そのような実践を思考した作品をいくつか例示しよう。先ず、3.11からおよそ一年経過した時期に大阪の画廊で開催された宮本住明による『福島第一原発神社一荒ぶる神を鎮める』展である。宮本が示した作品は、画廊空間内に1/200のスケールで福島第一原発の周辺地域を展示模型で再現し、福島第一原発の建屋の上に和風屋根を載せるというものであった。作家自身のステートメントに拠れば「事故を起こした福島第一原発。その原子炉を鎮め、今後1万年以上にわたって高レベル放射性廃棄物を現状のまま木棺化して安全に保管するために、原子炉建屋にアイコンとなる和風屋根を載せて神社ないしは廟(マウソレウム)として丁重に祀(まつ)るプロジェクト」ということである。宮本は宝塚在住の建築家であり、18年前の阪神・淡路大震災によって全壊と認定された宝塚市の実家を、まるで人が骨折した際に添え木を入れて補強するかのように、鉄骨で補強して復活させた《ゼンカイハウス》という作品を作り上げ、そこを現在でも建築事務所としている。文字通り実践を重ねてきたのである。勿論、建築というメディアは「人間社会を対象とする公共性を有」することに長けているだろう。しかしながら、勘違いしてはならない。公共性との距離が近いが故に「精神的な倫理的・政治的態度」を貫くハードルはより高くなるのである。
 次に掲げるのは、現在、水戸芸術館で開催している『高嶺格のクールジヤパン』展である。この展覧会は、高嶺が3.11以降の日本人を描くことをハッキリと謳っている。特に、「ジャパンシンドロームの部屋」と題された展示室では、日本各地(水戸、山口、関西)で、魚屋や青果店等で交わされた食品の放射能汚染に対する不安等のやり取りを録画したものを素材に演劇化し、それを放映している。そのやり取りを見ていると、我々が極めて限られた情報を元に日常生活を送っていることを再認識させられるのである。官房長官を通じた政府見解や企業からの公的発言ばかりでなく、街の声といったTVから流れる放射能汚染に関する情報が、編集という行為によって統御されていることは誰の目にも明らかであろう。そのような状況に対して、高嶺は我々の不安を演劇という詩に昇華し、公衆の目に晒すのである。個人的な見解となるが、放映されていた多くの演劇の中で、水戸の陶芸品を売っている店で交わされていた場面から取材した作品が記憶に残っている。お客が気に入った陶芸作品に対して、この土は大丈夫ですか、というような問いかけをして、店の人が最初、その意味が分からず、意味が分かってからは、困窮し、自問自答を繰り返すシーンである。公式発表を繰り返す立場からは見えてこない極めて日常的なレベルにおける「不安」という素子が結晶化して1つの精神として表されていたように感じた。
 
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 アドルノがフランクフルト大学で哲学ばかりでなく音楽学も修めていることは先に記した。アドルノの母は声楽家であり、母の妹はピアニストであった。そのような関係からアドルノは幼少期よりピアノに親しみ、ギムナジウム時代に作曲も学んでいる。フランクフルト大学で博士号を修めた次の年にはウィーンに赴き、作曲家兼コンサートピアニストとしてシェーンベルク・サークルの一員になることを望んでいた程である。しかしながら、アドルノはシェーンベルクに認められることなく、音楽家としての進は断念するのである。アドルノが晩年、『美学理論』によって自律的芸術を弁護しようとしたのは故無きことではない。
 少し段階を追って見ていこう。アドルノ美学の著作として1949年に刊行された『新音楽の哲学』がある。その中でアドルノは「素材の傾向」という項で、「素材はみずからの運動法則に従って作曲家に要求を出し、その要求に作曲家は最大限の自立性と自発性を発揮しつつ従わなければならない」という考え方を示すのである。このような思考は、造形芸術、特に彫刻作品に於いては素材の特性を活かすというレベルでは見出すことができるかもしれないが、音楽学に於いて素材の自立性を問うという姿勢は、アドルノ独自の観点であろう。アドルノのその思考はライプニッツの単子論(モナドロジー)の思想から導き出されたという「素材のたんなる自己運動と思われているものさえ、社会のプロセスと実は同じ起源を持ち…、現実社会の進行と回じ方向で進行しているのである。…だから作曲が素材と対決するということは、社会と対決することでもあるのだ。」ここでアドルノが用いている「素材」であるが、調性、調節された音階、ソナタやシンフォニーといった音楽形式にとどまらずに、後には自然や客観というより広範な概念にまでその意味を広げている。このような音楽の素材に対するラディカルな姿勢は、アドルノがフランクフルト大学在学中から傾倒していたシェーンベルクが創出した十二音技法という無調性音楽に対する畏敬の念のようなものもあったかもしれない。但し、急ぎ追記しておかなければならないが、アドルノは全面的に十二音技法に対して信を置いていた訳ではない。『新音楽の哲学』の中でアドルノは、シェーンベルクが晩年に到達した偉大な境地は、十二音技法を通じてのみではなく、十二音技法に逆らうことによって達成した、という趣意を述べているのである。
 このような十二音技法に逆らった音楽は、不況和音を生み出すだろう。アドルノはその不協和音をモダニズム全体のシンボルと措定し、視覚芸術に於いても同様であると断じるのである。モダニズム芸術の中で、その不協和音的なものは、作品に対して大きな影響を及ぼそうとする外的現実と桔抗する役割を果たし、その「芸術作品内部での作用・反作用の働き」を成し遂げることになると論理付けるのである。
 
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 冒頭の問いに戻ろう。「3.11以後、詩を書くことは…可能であろうか。」詩を書くことの意味を真剣に問うための状況が十分に用意されていない此の地において、その問いが成立するのだろうか。例えば、絵画という表現形式を考えた時に、此の地に於いて存在する意味を、内在的な見地と外在的な必然性の観点から根源的に問うことがあったろうか。アドルノが不協和音をモダニズムのシンボルとしたとの意味を考えた時、此の国の芸術の中で、内在的にどのような表現からモダニズムを措定することができるであろうか。3.11の前に立ち戻って考える必要があるのだろう。

関連情報

3/17(日) オープニング・イベント
時間:12:00~ 会場AIR南山城村”青い家”

12:00~
オーナー 岡田良太

この春南山城村にOPEN予定のカフェ・frontが、一足早く限定OPENします。イタリアンをベースに、南山城村のごちそうをふるまいます。春の息吹をからだいっぱいに、生命力あふれるランチをどうぞ!

アーティスト・トーク
13:30~16:00
キュレータ 平田 剛志
進行係として、平田剛志さんをお招きしました。今展作家と来廊者の畳の間談話をいたします。ご自由のご参加下さい。

主催・協賛・後援

主催:Gallery Den mym
協賛:京都府地域力再生プロジェクト支援事業、南山城村

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