藤井健仁展 Takehito Fujii Solo Exhibition

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会 期
20121109日 -  20121223
開催時間
13時00分 - 19時00分
休み
月、火、水、木
この情報のお問合せ
unseal contemporary
tel 03-5641-6631
情報提供者/投稿者
開催場所
unseal contemporary
住所
〒103-0002 東京都
中央区日本橋馬喰町 2-5-17 (1F奥のスペース)
最寄り駅
馬喰町
電話番号
03-5641-6631

詳細

参加クリエイター

展覧会内容

[禍々しさのよって来るもの]

個人的な体験になりますが、立体作品に思わず作品に引き込まれてしまうという体験は滅多にありません。
まして、ある親しさの感情を伴って記憶から消えないというケースはなおさらです。しかし私にとって藤井
健仁の作品はその数少ない例外です。
ただそこにスムーズな造形美があるだけなら、そんな体験は起こらないでしょう。作品が私たちの内部にな
んらかの摩擦を生むか、内部を撹乱するようなある「禍々しさ」がなければそれは不可能であり、「禍々し
さ」こそ私たちがその作品に引き込まれる、言い換えれば裏返しにされてしまうような力の源泉だと思われ
ます。

では、藤井の作品が持つそんな強度、「禍々しさ」はどこからきているのか。それはやはり、作品の素材で
ある鉄をぬきにはありえません。
藤井自身が言及しているように鉄という物質は近代文明の象徴であると同時に、私たち人間を組成する物質
です。従って、ポストモダンが言われる現在、鉄を表現素材として扱うことは、近代(つまりは私たち自身)
の限界を改めて問い直す試みとなります。問い直すとは、つまりは近代を支えてきた私たちの欲望とその
行き着く先を文明と私たちの身体の「没落と再生の物語」として作り上げられるかどうかということに他な
りません。そして没落の予兆こそ「禍々しさ」のよって来るものであるはずです。

藤井には、実在した悪を体現している(とみなされる)人物たちの顔を造形した『鉄面皮』シリーズがあり
ますが、この作品群では欲望の悪しき側面が凝縮され、普遍化されて表現されています。今回の展覧会で展
示され、藤井が「人形づくり」と称する『New Personication』シリーズでは、欲望の未来の形が(したが
って再生が)表現されていると言っていいでしょう。しかし未来は必ずしも明るいものではなく、近代の悪
しき遺産を宿命として引き受けながらの道行きにならざるをえず、たとえば作品『突風』の若き女性は、
禍々しさを残しながら、どこかノスタルジックで、物悲しい、不安定な風情を漂わせています。彼女はいわ
ば「没落と再生のはざま」で引き裂かれた生を体現していて、言うまでもなくそれは今の時代に生きる私た
ち自身の姿でもあります。私たちが感じる「親しさ」の感情は鉄が私たちを組成していることに加え、この
ことにも起因しているのでしょう。

90年代に入ってから本格的な制作活動をはじめた藤井は、東京と名古屋で個展を中心に実績を重ね、2005
年には『彫刻刑 鉄面皮プラス』で第八回岡本太郎記念現代美術大賞の準大賞を受賞しています。東京での個
展は2008年のストライプギャラリーで行なって以来となります。作家が満を持して新作を発表する本展に
どうかご期待ください。

                                   Director 森岡 光

[作家ステーツメント]

鉄で人形を造っているだけ、と言えるかもしれない。けれど制作中に得られる直観の中では、その鉄と人形
の組み合わせは、実材彫刻に於いての素材とテーマの関係を超えた結びつきがあり、オールドスクールな制
作過程を経ながらも、何かで何かを表現すると云った間接的な事をしている様には思えないのだ。

近現代の環境は鉄の強度への信頼を前提とした想像力で成り立っている。戦争や都市は勿論だが、高い塔に
登り景観を楽しみ、軽装で車に乗ってデートすることもこうした想像力の延長線上にある。福島にて鉄製の
160ミリの圧力容器が溶融した途端、美術も含めた幾つかのイメージが変更、或はリアリティーを持ち得
なくなったということは、それまでこの鉄の強度が少なからずそれらイメージを支え担保していた為だと言
える可能性がある。

だが鉄に由来する想像力はそこに留まるものではない。それがヒトの生命を維持しその血液を赤色たらしめ
尚且つ鉄鉱床として地球の質量のおよそ三分の一を占めるものでもあり、それは核融合を伴う地球生成以来
存在し、原初には総ての炭素生命の発生を触媒した事を勘案するならば、むしろ遠い過去から現在まで、そ
してミクロからマクロの領域に渡って、ヒトの来歴や存在は鉄の掌中にあるといってよく、我々のどこまで
が鉄と関わりが無いのかといった線引きは非常に不確かなものとなる。遠大な時間と膨大な質量を持つ鉄鉱
床に視点があるとするならば、そこからはヒトと鉄人形を隔てる要素はさほど多く数えられる事もなく、さ
して異なるものであるとは映らないのではないか。そして「我々こそが鉄から出来た人形なのではないのか」
といった妄想さえも生まれてくる。

                                       藤井健仁

関連情報

オープニングパーティ 11月9日 18:00-20:00

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