開催時間 |
11時00分 - 18時00分
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休み |
日曜日,月曜日,火曜日
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入場料 |
無料 |
作品の販売有無 |
販売有
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この情報のお問合せ |
藤屋画廊
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情報提供者/投稿者 |
住所 |
〒104-0061 東京都
中央区銀座2-6-5藤屋ビル2F |
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最寄り駅 | 銀座一丁目 |
電話番号 | 03-3564-1361 |
この度藤屋画廊では、9⽉1⽇から9⽉25⽇の会期にて、8名の彫刻家によるグループショー「彫体刻感展2021」を開催致します。2016年より⾏ってきた、今回で6回⽬になる本展では椎名澄⼦、⾼嶋英男、⻑⾕川登、福⽥豊、松本涼、皆川嘉博、⼭本⼤介の作品群を、特に福⽥による新作を中⼼にご紹介致します。
空間における実験の⼀つとして、彫刻というアングルからシリーズを重ねてきた本展では各回ごとに1 ⼈のアーティストにフォーカスしてきましたが、今回は福⽥豊の作品を基軸に展⽰を組み⽴てています。
この機会にぜひ、彫刻家たちによる空間的な実験をお楽しみ下さい。
【福⽥豊について】
「⼿が慣れるということがないんです、⾃分の場合は。作品はもちろん⼤切だけれど、でも⼀回ごとにつくり⽅を忘れてしまう。だから、毎回つくるたびに前はどうやっていたのか困惑もするし、でも⼀⽅では毎回新鮮な気持ちで臨むこともできる。⾃分は永遠の素⼈のようなものかもしれない」
そう本⼈が話すように、福⽥豊は作品ごとに新しい素材、新しい技法を採⽤しながら制作に向き合ってきました。
とはいえ、その活動に⼀切の⼀貫性がないわけではなく、彼⾃⾝が「⽇常的に感じたことがきっかけになる」と語るように、福⽥の作品は極めて内省的な関⼼、好奇⼼、気づきを出発点にし、そのコンセプトを個⼈化するところに特徴があります。したがってその多様な制作のあり⽅は、裏を返せば、彼の作品全体は技材などの外形部分ではなく、その⽔⾯下において展開される、《福⽥豊》という1つの個⼈的な世界を叙情するものとして捉えることができるかもしれません。
福⽥が⻘年期を過ごした80年代後半から90年代は、それを共時的な物語として⾒た場合、いわゆるバブル経済の崩壊と新興宗教によるテロルの⼆つが⼤きなトピックとして登場します。「上野駅に私服警官がいたり、知り合いが急にいなくなったり、⾝の回りにある問題の⼤きくなっていくのが⾒えた。正直にいえば、もはや⾃分の⼿には負えないと感じた。同時により強く⾃分を持っていないと危ういんだろうとも。バブルが弾けた後でもあったし、何か⼤きなものに頼ったり、それをよりどころとするよりも個であることの必要性を感じたのかもしれない」と話す福⽥の姿勢は、時代の気配を感じ取りながら、美術や当時の美術界の要請、あるいは具体的な社会課題への直接的な⾔及をするよりもむしろ内側に、より⾃分⾃⾝という限られたリアリティにベースを求めていったとも⾔えるでしょう。
そうした福⽥の姿勢は、かつて東京都現代美術館が1999年に開始した展覧会のシリーズ『ひそやかなラディカリズム』において紹介された、コンセプトの個⼈化や造作的な作為性の低さを機軸にする、⼀連のアーティストのなかに⾒出された性質を思い起こさせます。⾃らの内発性や触覚を頼りに、あくまでも⼤きな物語ではなく、個々⼈の対⽣活的なリアリズムに重きを置きながら芸術に向き合う姿勢は、⾔うなればそれに続くマイクロポップなどの2000年代における美術動向と近しい性質を認めるができます。
同時に、福⽥のもっとも特異な点である、⾔わば⽅法論化の忘却のようなあり⽅は、つまり慣習化(=システム化)を逃れ、あくまでも常に個もしくは即時的なあり⽅に根ざそうとすることであり、とりわけ⾃然をモチーフに選びとることも相まり、そこには作為化によるオートマチックなあり⽅ではなく、むしろ流動的に、あるいはしなやかに現実に対峙しようとする姿勢があるようにも感じられます。そしてそれは、未曾有の事態と向き合うことを余儀なくされた私たちが、⼤きなシステムによって動かされることに違和感を覚え、抗い、それでも直⾯するシチェーションと向き合おうとする「異なる、そして⼩さな物語」の⼀つと⾔えるでしょう。