田名網敬一 新作個展「結び隔てる橋」

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会 期
20111008日 -  20111112
開催時間
11時00分 - 19時00分
休み
日月祝定休
この情報のお問合せ
NANZUKA UNDERGROUND
Tel : 03-6459-3130
Fax: 03-6459-3150
情報提供者/投稿者
開催場所
NANZUKA UNDERGROUND
住所
〒108-0072 東京都
港区白金3-1-15 SHIROKANE ART COMPLEX 2F
最寄り駅
白金高輪
電話番号
03-6459-3130

詳細

参加クリエイター

展覧会内容

このたび、Nanzuka Undergroundは、田名網敬一の新作個展「結び隔てる橋」を開催いたします。本展は、2x3mの大作「異界へと架けられた橋」を含む新作のペインティングの他、等身大サイズの立体作品及びドローイングなどからなる予定です。

田名網敬一は、1936年東京に生まれ、武蔵野美術大学を卒業。1960年代より、グラフィックデザイナーとして、イラストレーターとして、そしてアーティストとして、メディアやジャンルに捕われず、むしろその境界を横断して精力的な創作活動を続けてき唯一無二のアーティストです。田名網は、在学中より読売アンデパンダン展などに出展するなど日本の戦後芸術運動の一つであるネオダダの中心的メンバーであった篠原有司男や三木富雄らと行動を共にし、卒業後の60年代半ば以降はサイケデリックカルチャーやポップアートの洗礼を受け、映像作品からシルクスクリーン作品、ペインティングから立体作品と幅広い創作活動を続けて参りました。特に、60年代後半のアンディウォーホルとの出会いに触発され、現在に至るまで「アートとデザイン」、「アートと商品」、「日常と美の関係」といった今日の現代美術が抱える主要な問題に対して実験的な挑戦を試み続けています。

田名網は近年、その主な労力をキャンバスに向けています。特に2010年以降は大作のペインティングを中心に、自身の70年以上もの歴史を記したいわば”曼荼羅図”の制作に取り組んでいます。例えば、ここには田名網が幼少期に経験した戦争を連想するモチーフが幾多に込められています。光を放つ奇怪な生き物は、擬人化した爆弾と爆発の光。縦に伸びるビーム光は、アメリカの爆撃機を探す日本軍の放つサーチライト。画面中に登場する骸骨姿のモンスターたちは、戦争で傷ついた人々であり、同時に恐れを知らぬ私たち自身の姿でもあります。金魚をモチーフにしたキャラクターも多数登場します。これは田名網の脳裏に深く刻まれている原風景 - 祖父が飼っていた金魚の鱗にアメリカの落とした爆弾の光が乱反射する光景 -と深く関係しています。まるで動物的な生命を宿したかのように描かれている松は、田名網が44歳の時に胸膜炎を患い死にかけた時に見た幻覚に由来しています。この時、1週間以上もの間、田名網は螺旋状に動き回り身体を締め付ける松の悪夢にうなされ続けたといいます。歌舞伎の舞台や太鼓橋といった日本の伝統的な建築も登場します。赤い太鼓橋は、日本では現世と来世を繋ぐ橋と信じられています。

本展「結び隔てる橋」は、特にこの橋が持つ特異な意味に寄せた田名網の強い関心からきています。「幼少の頃にみた、映画のワンシーンに出てくるさらし首と太鼓橋や、空襲の夜の死者と太鼓橋等、この奇異でドラマチックな取り合わせは、橋を隔てたこの世とは別の異界へと私を誘うのである」と語っている様に、田名網は幼い頃から橋と死の関連に着目し、この世とあの世を渡すクロスポイントとしての橋の謎について研究を重ねてきました。「その昔、橋の下はとにかく違った世界がある、というのは通説だった。河原者という言い方があるように芸能との結び付きは強く、大道芸から歌舞伎に至るあらゆる芸事の発生した場所でもあった。河原乞食といった蔑称も一般的だったし、演劇の発展にも深く関係している。現実ではないもう一つ別の世界であり、あらゆる制度や秩序から排除された異界という考え方もあった。怪しげでおどろおどろしい見世物小屋が立ち並び、ろくろ首や蛇女、小人のフリークスなど、社会の裏側に光を当てた出し物が薄闇の中でざわめいていた。また橋という屋根で覆われた異空間は、死体の隠し場所であり、からだを売る女郎の隠れた溜り場でもあった。そして思い悩んだ末の男女の極限の別れ、橋の欄干から身をなげる遣る瀬ない心中など、いづれにしても死との結び付きはとても強く、日本の橋の際立った特長でもある。」

赤い太鼓橋は、本展のメイン作品である2x3mの大作のペインティング「異界へと架けられた橋」の他、新作の立体作品においても主要なモチーフとして登場します。そして、これらの橋は必ず髑髏のキャラクターと共に登場します。「異界へと架けられた橋」では、赤い橋と一緒に田名網が親しんだアトムやポパイなど著名漫画のキャラクターが、その他に数々の畸形のスペクター、僧侶や少女のお化け、骸骨などが同居して描かれています。立体作品においては、ペインティングにも描かれている黄金に輝く赤子を抱いた骸骨姿の少女像が赤い橋の上を渡る姿が造形化されています。田名網は、暗い過去の体験も自身の性格によってポジティヴな表現に変換してしまうと語っていますが、ここに描かれた世界は、善も悪も、苦悩や恐怖でさえも超越した田名網にとっての究極の楽園なのです。

田名網は、本展で発表する近作について寄せて次のようにコメントしています。
「橋が内包する深遠で神秘的な世界は、私に複雑怪奇な謎を投げ掛ける。俗なるものと聖なるものの境界であり、今の世界と死の世界を分けるのが橋だとすれば、その一方で出会いの場所と言うこともできる。橋の向こうから幽かに響く歌声は誰が歌っているのだろう。その姿を見極めたい。橋の下にひっそりと広がる無限の暗闇、底知れぬほどの謎を秘めた神秘的異空間への興味は尽きることがない。」

田名網敬一「俗と聖の境界にある橋」

 薄闇の溜まった河原に、白目をむいた晒し首が置かれている。女の切断された首から大量の血が噴き出し、周辺の草むらが血痕に染まっている。カメラがゆっくり引かれると上部に太鼓橋が映り、影になった橋の下に無惨な晒し首があるのがわかる。
 私が子どもの頃、父親とみた映画の一齣である。題名も内容もすっかり忘れてしまったが黒白の時代劇だったとおもう。ただ不思議なことに太鼓橋が真っ赤だったし、女の首に付着した血の色も鮮やかな赤色だった。モノクロームの映画なのにみえるはずのない太鼓橋の赤色が、私の記憶に貼り付いて離れないのである。
 東京全土が大空襲におそわれていた時代、私たち親子は日に何度も我が家の目と鼻の先にある防空壕に避難していた。深夜の空襲は漆黒の闇を一瞬にして火の海に変え、熱風とものの焦げる異臭が私の身体にまとわりついて離れない。夜空一面を覆う真紅の火炎が、巨大な太鼓橋のように半円を描きゆらゆらと揺れる。火のかたまりがまるで生き物みたいに蠢く様子は、目を見張るほど美しく悲しかった。爆撃機が去り、束の間の平穏を取り戻すと、私は母と我が家に戻る。帰路、防空頭巾を被った男たちが取り囲む輪の中を覗くと、白目をむいて歯軋りする青白い女の顔がみえた。長い髪が蛇みたいに首の回りにぐるりと巻き付いているので、頭部が切断されて転がっているようにみえるのだ。この世に未練を残して死んだ女の表情は、火炎の反射を受けて歪み、私に向かって薄笑いを浮かべているのである。
 後年、何気無くみていた葛飾北斎の画集の中に、『生首図』(1842)と題された不気味な絵を見付けて仰天したことがあった。幼い日に遭遇した女の死に顔が瞬時に蘇り鳥肌がたつほどの恐怖を感じた。
 私が幼年時代に夢中で遊んだ秘密の遊び場は昭和6年頃に目黒駅近くに建てられた料亭・目黒雅叙園である。天井から壁、階段から襖に至るまで極彩色の日本画や彫刻で埋めつくされているところから「昭和の竜宮城」と呼ばれていた。私が通っていた行人坂幼稚園の隣にあった雅叙園は、子どもの頃の私にとって「夢の楽園」そのものであった。誰でも自由に遊ばせてくれた懐の深さと、人間味溢れるスタッフのいた改築以前の料亭時代の話である。館内の様子や建築の構造などは、まったく記憶にないが、満開の桜の前に立つ華やかな和服姿の女達の賑わいや、亀の背に乗る浦島太郎の凛々しい表情などは、はっきりと記憶している。そんななかに艶やかな日本髪と色とりどりの着物姿の芸者が集う横長の絵があった。画面の中央に真っ赤な太鼓橋が描かれていて、極彩色と橋のふっくらとした量感に魅惑されたのか、私はその絵が大好きだった。子どもの私が何故橋の絵が気に入ったのか、今にしておもうと理解に苦しむが、橋の表面にある厚塗りの赤い絵の具を指でなぞるのが快感だったのかもしれない。
 現在の改築された雅叙園ホテルのトイレを覗くと、その中央に不似合いな太鼓橋が設置してある。トイレの大半を占める無用の橋をみていると、私は幼い日にそっと触れた、いくらか生乾きの赤い絵肌を思い出してしまう。
 映画のワンシーンや空襲の夜にみた死者と太鼓橋、この奇異でドラマチックな取り合わせは、橋を隔てたこの世とは別の異界へと私を誘うのである。
 私が最も美しいとおもう太鼓橋は、北斎筆の江戸の奇橋と呼称された『かめゐど天神たいこばし』である。単純明快な構造だが、無駄のない半円型は見事としかいいようがない。
 阿弥陀のもとへ誘う極楽浄土の橋『二河白道図』(鎌倉時代)も興味深い橋である。この世とあの世の架け橋であり、極楽浄土に往生を願う民衆に娑婆世界と浄土の間にある白道をつかって、煩悩に打ち勝つ信心の難しさを比喩として教えたものである。
 そして、曾我蕭白の『石橋図』も眩暈を起こしそうになるほどの恐怖の奇想画である。みている人間が画面に吸い込まれ、落下する獅子と一緒に空間を浮遊するような不安におそわれる。密集する百頭の群れが我先に崖をよじ登り、天空にそびえる太鼓橋を模した石橋から滑り落ちる。左上の岩場をみても、渡りきった獅子は皆無なのである。永遠に落下しつづける獅子の群れの無限の円環が、「渡れない橋」という主題を際立たせているようだ。
 その昔、橋の下は「とにかく違った世界がある」というのは通説だった。河原者という言い方があるように芸能との結び付きは強く、大道芸から歌舞伎に至るあらゆる芸事の発生した場所でもあった。河原乞食といった蔑称も一般的だったし、演劇の発展にも深く関係している。現実ではないもう一つ別の世界であり、あらゆる制度や秩序から排除された異界という考え方もあった。怪しげでおどろおどろしい見世物小屋が立ち並び、ろくろ首や蛇女、小人のフリークスなど、社会の裏側に光を当てた出し物が薄闇の中でざわめいていた。また橋という屋根で覆われた異空間は、死体の隠し場所であり、からだを売る女郎の隠れた溜り場でもあった。そして思い悩んだ末の男女の極限の別れ、橋の欄干から身をなげる遣る瀬ない心中など、いづれにしても死との結び付きはとても強く、日本の橋の際立った特長でもある。
 近年取り組んでいる橋を主題にした作品は、橋のもつ造形的な美しさと同時に、不思議な逸話や伝説に彩られた歴史がその背景になっている。『二河白道図』にある此岸と彼岸を結ぶ白い道、この道は橋とはいえないが、此岸と彼岸の架け橋として認識されている。西洋にはない考え方である。橋が内包する深遠で神秘的な世界は、私に複雑怪奇な謎を投げ掛ける。
 俗なるものと聖なるものの境界であり、今の世界と死の世界を分けるのが橋だとすれば、その一方で出会いの場所と言うこともできる。
橋の向こうから幽かに響く歌声は誰が歌っているのだろう。その姿を見極めたい。
 橋の下にひっそりと広がる無限の暗闇、底知れぬほどの謎を秘めた神秘的異空間への興味は尽きることがない。

関連情報

本展と同時開催にて、10月22日-12月11日渋谷にあるNanzuka Agenda にて、田名網の新作シルクスクリーン作品展を開催致します。360°グラフィックスによる豪華多色版十数点からなる予定です。

Opening Reception : 2011年10月8日(土)18:00-20:00

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