甲斐 啓二郎 写真展 「Charanga」

甲斐 啓二郎 写真展 「Charanga」
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    会 期
    20190514日 -  20190526
    開催時間
    12時00分 - 19時00分
    休み
    入場料
    無料
    作品の販売有無
    販売有
    この情報のお問合せ
    TOTEM POLE PHOTO GALLERY
    情報提供者/投稿者
    開催場所
    TOTEM POLE PHOTO GALLERY
    住所
    〒160-0004  東京都
    新宿区四谷四丁目22 第二富士川ビル1F
    最寄り駅
    四谷三丁目
    電話番号
    03-3341-9341

    詳細

    参加クリエイター

    展覧会内容

     毎年5月3日、聖十字祭の日にボリビアのマチャで行われるTinkuを撮影したものである。
    Tinkuとはケチュア語で「出会い」を意味し、各集落の男達が力を競い合うケンカ祭りであり、男女の出会いの場でもあった。
    地元の老人によると、インカ帝国以前にはすでに行われていたとのことだ。

     マチャ周辺の各集落が、ケーナやチャランゴといった民族楽器で音楽を奏で、歌い、踊る。
    「僕らは醜くなんかない」と歌っていた時、彼らが味わった歴史を考えずにはいられない。
    そうして、広場を練り歩き、他の集落とぶつかった時、素手での殴り合いが始まる。
    死者が出ることもあるという程の激しいケンカ祭りである。
    血が流れるまで殴り合い、その血を母なる大地の神パチャママ(Pachamama)に捧げ、豊作を祈るのである。

     今まで撮影した格闘の祭事で、偶発的におこる素手での殴り合いは目にしてきた。
    素手で顔面を殴るという行為は、祭事のルールとして禁止されていなくても、人の倫理としてそうそう起こるものではなかった。
    ただ、Tinkuに関しては「殴る」という行為がルールである。
    また、殴られることによって血を流す事が良しとされる。
    血を流す事が目的のひとつであるために、血が出やすい顔面を殴るという事をしているのかとさえ思う。
    それは倫理以前の人間の姿を見るようで、今まで撮影してきた格闘の祭事の中で、Tinkuは最も恐怖を感じた。

     どの祭事においても、参加する者に何故闘うのか?と問うてもあまり意味がない。
    「それがそこにあるから」という様な答えが返ってくるだけだ。
    他の祭事での話になるが、会話の中で興味深い言葉があった。季節感(風向きや日差しなど)や街の喧騒などの情感で、
    そろそろ祭りが来るなと思うそうである。まるで祭りの方から向かってくる様な言い回しで。
     祭事は、先人たちの霊魂、神そして自然の様々な精霊たちとの対話の場である。
    「祭事」を「自然」もしくは「神」と置き換えて考えてみると、「格闘の祭事」は「自然の猛威」とみる事も出来る。
    「自然の猛威」が差し迫った時、我々人間はその困難に立ち向かい必死に生きようとするだろう。
    何しろ自分の生死、実存の問題であるのだから。
     先に「倫理以前の人間の姿」と書いたが、その困難や恐怖を乗り越えた時、まさにその瞬間、我々人間は倫理や道徳を手に入れてきたのではないか。
    もしそうであるならば、「格闘の祭事」は、人間たらしめる生きるための闘いである。

     Tinkuの中で歌われていた「僕らは醜くなんかない」という詩は、スペイン占領時代を歌ったものと考えられるが、
    彼らは流れる血をみて、自己の生を実感したに違いない。
     それが得られる場、実践的経験の場が「格闘の祭事」なのかも知れない。
     
    * ”Charanga”は、スペイン語で「吹奏楽団」や「どんちゃん騒ぎ」を意味する。民族楽器チャランゴ(charango)の語源ともなっている。

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