特別展「サヴィニャック パリにかけたポスターの魔法」

開催概要

会期
2018年10月27日 〜 2018年12月24日
会場
兵庫県立美術館 (兵庫県神戸市中央区脇浜海岸通1-1-1 [HAT神戸内])
ジャンル
アート
タグ
ポスター、トークイベント、平面

開催内容

 レイモン・サヴィニャック(1907-2002)はフランスを代表するポスター作家です。《牛乳石鹸モンサヴォン》(1948/50年)に代表されるように陽気でシンプルな彼の作品は、それまでの伝統だった装飾的な要素を排したことでポスターの様式を一新しました。「どのようにメッセージを届けるか」という永遠の課題に対して彼が出した答えは、商品に人や動物のモチーフを組み合わせ、明快な造形と色彩によって視覚的なインパクトを与えることでした。さらに、彼が生まれ育ったパリに息づくユーモアとエスプリが加わり、人々を一瞬で虜にする不思議な魅力が生まれています。身近な食料品や日用品からシトロエンやダンロップ、ティファールなど実に多様な広告を担ってきたサヴィニャックのポスターは、パリにとどまらず世界中の人々に今日もなお愛され続けています。
 本展覧会は、ポスターと合わせて原画や関連作品も展示することでサヴィニャックの仕事を多角的に捉えようと試みるものです。中でも、パリの街角を賑わせた巨大なポスター群は私たちに新鮮な驚きを与えてくれるでしょう。そうした街中の様子を捉えたロベール・ドアノー(1912-1994)や木村伊兵衛(1901-1974)の写真からは、20世紀フランスという時代と場所の空気も伝わってきます。道行く人々の心を躍らせ、街を彩ったポスターの役割に思いを馳せながら、それらを魔術師のように操ったサヴィニャックの世界をご堪能ください。


レイモン・サヴィニャック略歴
1907 年 11 月6 日パリに生まれる。
1920 年 中学では商業科のクラスに入るがそこでの勉強を好きになれない。自転車競技に夢中になるもチャンピオンになる夢はあきらめる。
1923 年 STCRP(パリ地域公共交通公団)の図案画工となり、夜学で工業デザインを学ぶ。
1925 年 ロベール・ロルタックの広告アニメーション映画工房に入社。
1929 年 1 年半の兵役を終えてロルタックのスタジオに戻る。ポスターデザインを試みながら数年の間取るに足らない仕事を続ける。
1933 年 大胆にもアリアンス・グラフィック社を訪ね、A. M. カッサンドルに自分の作品を見せたところ、その場で彼のアシスタントになった。 サヴィニャックの経歴の最初の転機となる。
1938 年 モンルージュのドラジェール兄弟印刷所にポスター下絵師・図案家として入社。
1939 年 第二次世界大戦宣戦布告と同時に召集される。
1940 年 従軍休暇中、マルセル・メルシエと結婚。独仏休戦協定が結ばれ、サヴィニャックはパリに復員する。
1942 年 広告コンソーシアム社(ロレアル社傘下の広告代理店)のプロデューサー、ロベール・ゲランと出会う。
1944 年 広告コンソーシアム社の仕事をしながら、広告会社アルジャンヴィックとも仕事を始める。
1947 年 広告コンソーシアム社を解雇される。
1948 年 旧知のベルナール・ヴィルモと再会。ヴィルモは行き場のないサヴィニャックを自分のアトリエに誘う。
1949 年 ヴィルモと二人展を開催し、大きな成功を収める。この展覧会でロレアル社を創設したウージェーヌ・シュレールはモンサヴォン石鹸の牝牛を発見し自社の広告に採用、サヴィニャックはポスター作家として真のデビューを果たす。
1950-60 年代 サヴィニャックの最も有名な作品が次々と生まれたのは50 年代と60 年代。60 年代の終わりには広告代理店好みの写真ポスターに押しやられる形で手描きポスターは衰退の一途をたどる。サヴィニャックの活動もその影響を受けるが、それでも多くのポスターや他の仕事も手掛ける。
1981 年 「前へ、シトロエン!」キャンペーンの注文を受ける。1984 年まで続いたこの仕事が、サヴィニャックの最後の商業的な大成功となる。
1982 年 妻と共にノルマンディー海岸のトゥルーヴィル=シュル=メールに移住。この街で皆に大歓迎され充実した晩年を過ごす。地元からフランス国内外からそして日本から仕事の依頼は途切れることがなかった。大小様々なサヴィニャックの展覧会が次々に開催される。
2002 年 10 月29 日、町の英雄としてトゥルーヴィルで皆に惜しまれながら亡くなった。

特別展「サヴィニャック パリにかけたポスターの魔法」