県美プレミアムⅢ JAPAN KOBE ZEROの軌跡 絵画のふしぎ~県美・絵画・名品選~
開催概要
- 会期
- 2017年10月28日 〜 2018年01月21日
- 会場
- 兵庫県立美術館 (兵庫県神戸市中央区脇浜海岸通1-1-1 [HAT神戸内])
- ジャンル
- アート
- タグ
- 平面
開催内容
兵庫県立美術館は、前身の近代美術館時代から数えて約45年にわたり収集活動を続け、現在9,000点を超える作品を収蔵しています。それらは収集方針を反映して、国内外の近代彫刻と版画、日本近代の名作、兵庫ゆかりの作品、関西の現代美術に大別されますが、内容は実に多岐にわたり、一瞥しただけではその総体をとらえきれません。そこで、当館では、1年を3期に区切り、個々に展示のテーマを設けることによって、横断的にコレクションを紹介し、変化に富んだ常設展示をおこなっています。
「JAPAN KOBE ZEROの軌跡」
本展は、神戸の前衛的な美術グループ、「JAPAN KOBE ZERO」の活動に焦点を当てます。
同グループは、古川清をリーダーとして、榎忠、松井憲作たちによって1970年に結成されました。もともとデッサン教室での活動でしたが、その中から先鋭的な表現を行う動きが生まれました。街中で大規模なパフォーマンスを行ったり、美術の枠を破るような展示を行ったりしました。1975 年には兵庫県立近代美術館での「アート・ナウ」に参加し、松の木がピロティから屋上に突き抜けたかのような作品を出品しています。集団での活動ゆえに多彩なアイデアと旺盛なエネルギーが生まれましたが、メンバーの入れ替えもあり、1979 年頃に解散しました。
当館はすでに、1965 年結成の神戸の美術集団「グループ〈位〉」の展覧会を開催しましたが、本展はそれに続くものです。グループのメンバーからの聞き取りによって主な活動をまとめ、当時の写真や印刷物、展覧会の物件、記事が掲載された雑誌などの資料展示によって紹介します。
絵画の不思議 ~県美・絵画・名品選~
本年度第3 期の県美プレミアムでは、「絵画のふしぎ~県美・絵画・名品選」と題し、当館所蔵の日本近・現代絵画を中心に展示します。
目の前の現実を再現しようとしたものから、虚構の世界や観念を描いたもの、「何か」を描くのではなく絵画そのもののあり方を問うたものまで、古今の画家たちは絵画という二次元のメディアでさまざまな表現を行い、その可能性を追求してきました。特集展示では、絵画をめぐるふしぎを、主題表現、技法、素材、視点といった観点から考えます。
第1 章 あたかもそこにあるかのように
明治以降、本格的に日本にもたらされた西洋絵画はその迫真性により、日本人の絵画に対するそれまでの見方を大きく変えました。明暗法による巧みな質感描写、遠近法を駆使した空間表現、油絵具による鮮やかな色づかい等によって、対象を写実的に描写した絵画に大きな衝撃を受けた画家たちは、油彩画の技術、技法の習得につとめました。以降、日本の近代絵画は写実=リアリズムを軸に展開していきます。
この章では、洋画の技術を習得し、日本近代絵画の礎を築いた画家たちの「写実」への取り組みを紹介します。
第2 章 再現から表現へ
「芸術は自己の表現に始まって、自己の表現に終るものである」(夏目漱石『文展と芸術』1912 年)
20 世紀初頭、明治末年から大正にかけて、新しい動きが起こります。後期印象派などの西洋の新思潮に影響を受けた画家たちが、対象の再現という課題から一歩踏み込み、人間の内面に眼を向けるようになりました。画家たちはそれぞれの「個性」や「自我」を絵筆に託して描き出そうとしました。絵画は「再現するもの」から「表現するもの」へと転換を遂げます。
この章では、同時代の西洋美術の新思潮を摂取しつつ、一個の画家として、日本人の画家として、そのアイデンティティを絵画表現の中に追求した画家たちの作品を紹介します。
第3 章 開かれた窓
絵画はしばしば世界を眺めるための窓にたとえられてきました。開かれた窓は視界を一定の大きさの矩形に切り取り、その向こうに広がる光景を縁取る額縁の役割を果たすからです。ここでは、文字通り「窓」から見た風景を描いた風景画をはじめ、空間の広がりを巧みに描き出した風景画や室内画を展示します。
第4 章 かげ、あと、しるし、もの
絵画の起源はどのようなものだったのでしょう。ナルキッソスの神話に象徴されるような(水に映る)影、何かの痕跡、何かを指し示す記号、絵画それ自体を成立させている絵具や支持体といった物質―いずれも絵画の根源を問うとき、そして絵画の可能性を探るうえで重要な要素であるといえます。この章では、1950 年代以降の絵画作品の中から、絵画のありようを問い続けた作家たちの作品を紹介します。
第5 章 何がどう見えている?
人はものをどのように見ているのでしょう。「見る」ことは動き回る眼によるさまざまな視点、見るという行為の持続から成り立っており、「空間」と「時間」の中にあります。視点を固定し、ある瞬間を切り取った「視覚」は、「見ること」の一断片にすぎません。この章では、ものを見ること、それ自体を問いかけた作品を展示します。