日本画の巨匠 東山魁夷展 -自然と人、そして町

開催概要

会期
2016年09月17日 〜 2016年10月30日
会場
広島県立美術館 (広島県広島市中区上幟町2-22)
参加クリエイター
東山魁夷
ジャンル
アート
タグ
日本画、平面

開催内容

清澄で深い情感をたたえた風景画で知られる東山魁夷(1908-1999)は、風景との真摯な対話を通じて生み出した静謐で精神性の高い作品により、戦後の日本画壇に大きな足跡を残しました。中国地方では、17年ぶりの本格的な回顧展となる本展では、初期から晩年までの作品約80点により、国民的画家と謳われた東山魁夷の画業の変遷をたどります。初期の代表作≪道≫や、その名を一躍世に広めた<白馬>のシリーズに加え、画業の集大成である唐招提寺御影堂の障壁画全68面を特別展示。唐招提寺でも年に数日間しか公開されない本作を含め、日本人の自然観や心情までもが表現された詩情豊かな作品を通し、画家の奥深い絵画世界をご紹介します。

Ⅰ模索の時代(戦前)
横浜に生まれ、神戸で育った東山は、東京美術学校(現・東京藝術大学)に入学。在学中、木曽路を旅して山国の雄大な自然に触れたことは、風景画家への道の始まりといってよいでしょう。当時の作品からは、師・結城素明の指導のもとで身につけた洋画風の写実表現を見て取ることが出来ます。卒業後は研究科を経て、ドイツに留学。西洋美術史を学び、かつ優れた作例に触れることで日本画家としての方向性を見定めた東山でしたが、帰国後には経済的な困窮や肉親の死といった試練が待ち受けていました。制作上も模索が続く苦難の日々にも、東山は師の助言に従い、自然に深く分け入ることで、独自の画風への道を切り開いていくのです。

Ⅱ自然との対話:日本の風景/北欧の風景
戦時中、応召されて死を覚悟した東山は、曇りのない目で自然を見つめることで、何気ない風景にかつてない強い感動を覚えました。さらに終戦翌年、千葉県の鹿野山に登った画家は、人生で初めて自身と自然との一体感を得ます。「風景開眼」の瞬間でした。この体験が結実した≪残照≫は、風景画家としての出発点となり、やがて、代表作≪道≫を生みます。画壇での評価を築く一方で、生活が多忙を極めるなか、日常から離れた新たな環境を求めた画家は、1962年、厳しい自然を擁する北欧へと旅立ちます。
この章では、模索の時期を経てたどり着いた東山芸術の出発点と、「青の画家」のイメージを伝える北欧の風景画をご紹介します。

Ⅲ古都の佇まい:京洛四季/ドイツ・オーストリア紀行
北欧から帰国した東山は、長年心を惹かれていた京都の風景にいよいよ向き合います。1968年に発表した<京洛四季>のシリーズは、潤いのある大気や光を繊細に表現。情趣に満ちた京都の四季を画面にとどめました。翌年には、青年期に留学したドイツと隣国オーストリアの古都を訪ねる旅にも出発。自然のうちに潜む生命の輝きと人々の生活が息づく情景は、必ずしも自然そのままの姿ではなく、町とそこに住む人々の営み、人間の培った文化をも表現することで、画業に新たな一歩を築くものでした。
この章では、西と東の古都の情景とともに、ドイツ・オーストリアから帰国した後に生み出した「白い馬の見える風景」の連作もあわせてご紹介します。

Ⅳ唐招提寺御影堂障壁画
律宗の総本山である奈良・唐招提寺。御影堂は、開祖・鑑真和上の御像を祀ります。奈良時代、苦難を乗り越えて日本に戒律を伝えた和上に捧げる障壁画を、東山はおよそ十年の歳月をかけて完成させました。第一期(1975年完成)は、日本各地を取材してまとめ上げた幽玄な山容と波打ち寄せる広大な海を、上段の間と宸殿の間に絵画化。第二期(1980年完成)は、和上の故国・中国への取材を重ね、厨子の配される松の間と、両隣の桜の間、梅の間に、和上の郷里・揚州と、中国の名勝として知られる黄山と桂林の情景をそれぞれ水墨画で描きました。会場では、御影堂での展示状態を可能な限り再現し、画業の集大成というべき畢生の大作をご紹介します。

Ⅴ終わりのない道
旅を通じて自然に対する心を開き、清澄な作品を生み出してきた「旅の画家」東山は、遠出を控えるようになった晩年にも、心のうちで旅を続けていたのかもしれません。
この章では、唐招提寺御影堂障壁画以降の仕事から絶筆となった作品まで、旅を愛した画家の終わりのない探求の旅をご紹介します。時の流れのなかで自然が見せる生命感を確かに捉えたその作品は、移ろい変化するものこそが生であると考え、その輝きを描き続けた東山の一貫した作画姿勢を伝えています。

掲載画像: ≪行く秋≫ 1990年 長野県信濃美術館 東山魁夷館蔵

日本画の巨匠 東山魁夷展 -自然と人、そして町