橋本照嵩 写真展 「瞽女」
開催概要
- 会期
- 2014年03月14日 〜 2014年04月12日
- 会場
- ZEIT-FOTO Kunitachi (東京都国立市中2-22-33)
- 参加クリエイター
- 橋本照嵩
- ジャンル
- 写真
- タグ
- 写真
開催内容
瞽女(ごぜ)は目の見える手引きを先頭に、町や村を三味唄や段物などを語って門付けする盲目の女旅芸人であった。
江戸時代には歌川広重の浮世絵にも登場し、全国のいたるところでその姿を見ることが出来た瞽女だが、第二次世界大戦後にはその多くが転廃業を余儀なくされ、私が撮影を始めた時には数えるほどになっていた。
43年ぶりの豪雪が残る1970年3月、新潟県高田市に住む「高田瞽女」の杉本キクイ親方(当時73歳・人間国宝)、養女の杉本シズさん(56歳)、手引きの難波コトミさん(56歳)の3人を撮影した。
1972年から73年には、新潟県三島郡越路に住む「長岡瞽女」の金子セキさん(60歳)、中静ミサオさん(60歳)、手引きの関谷ハナさん(61歳)を撮影した。’72年3月10日は越路町岩田のおセキさんの実家から、3人でその年の旅に出かける日だった。
その日は、私の母が亡くなった日でもあった。
手引きのハナさんが「ごめんなっしょ」と玄関をあけても、その家の人の返事がないと次の家に手引きするのだった。
私は何度も3人を追いかけるうちに、その家の人の返事がないのは、裏で仕事をしているからだと知った。
私が「瞽女んぼさが来たすけぇ、銭こか米こ、もらわれねぇかのう」と裏に告げると、「ほう、そうかの。よく来られたのし」と、良い返事が返ってきた。それから私の男手引き旅がはじまった。
1974年、新発田市に住む長岡系の「はぐれ瞽女」土田ミスさん(66歳)を撮影した。結婚して瞽女仲間から離れたミスさんは、その後、夫と子供を亡くし、再び瞽女となってうすく見える目をたよりに近在の祭り日に独り門付していた。
橋本照嵩
今回はヴィンテージプリントのモノクロ写真作品約30点を展示致します。