海老塚耕一展<画廊企画>
開催概要
開催内容
ARTIST STATEMENT
「 雀蜂の飛翔のように-海、氷に閉ざされた領域、そして砂漠より 」
「水と風」、そして「境界・限界・端」について考えるため、100日余りの船の生活を選んだ。安住の地である日常から一歩
からを確かに感じ、思索し、さらに自分の身体で受け止めるプラクティスの時間としたいと考えた。言葉を見つけ、言葉の外
にあるもののかたちを見いだす場として船上で生活をした。
「荒天減速航行をする船の不規則な揺れによって、《われ》は生への希望の窓から、外に押し出されたり、内に引きずり込ま
れたりする。私は内におり、また外にいる。」とミッシェル・セールは『五感』(法政大学出版局)のなかに記している。
そう、まさにさまざまな、そして多種多様な危険や心の怯えから脱したとき彼は《魂》を持つというのだが、今自らが必要と
しているのは《魂》のひろがる意味である。そのためには非日常的な場所を日常として経験することが、つまり、研究室や大
学,そして日本の光景から積極的に逃れ、場として特殊な場、眼差しの行方が今までの経験では得られない場を持つ必要があ
ると考えた。内であり外である場と見るものであり見られるものである私、触れるものでありふれられるものである私といっ
た対峙のなかで思索を進めることが、今後の自らの制作・研究に有意義と考えた。
さらに「水と風」、「境界・限界・端」を考えるにあたってもうひとつのキーワードは道であり、風景である。また、風景や
道を考えるときに有効なものは、はてしない砂漠であり、氷に閉ざされた領域である。このような等質的な領域には新しいも
のの出現を見ることはないけれども、都市の文明のなかで暮らす私にはそれこそが新しく、また風景の意味を探ることにもな
る。なぜならばそこに道が出現することを今の私は理解できないし、それらの風景はきっと道の出現を拒んでいるだろうか
ら。そこでは「境界・限界・端」の豊暁な世界が顔を覗かせてくれる。
ひとつの繋がりがある時間のなかで、未知の哲学や表現を発見しようとする試みは、その思索が失敗しようとも必ず新たな思
索が編み出されているはずである。このような考えは常軌を逸していると思われたとしても、今の私にとってはこの航海こそ
が、これまでの私から未知の私への飛躍となる場であった、といえる。
そんななかで思索し描いたドローイングと彫刻で今回の個展を開く。
[Gallery Q HP より転載]