淺井裕介 個展 「破裂するホロン」
開催概要
開催内容
ANOMALYでは、2026年11月21日(土)から12月19日(土)まで、淺井裕介の個展「破裂するホロン」を開催いたします。
淺井裕介は、各地で採集した土を絵具として用いる「泥絵」をはじめ、土地固有の素材や環境を制作に取り込みながら、独自の表現を展開してきました。旅先で手にしたチケットやコースターの裏に描く小さなドローイングから、建物の壁面や床、空間全体を覆う巨大な壁画、さらには大地に描く地上絵まで、表現形式やスケールにとらわれず制作を続けています。
淺井の作品には、植物や動物、人間、あるいは未知の生命体を思わせる無数の形象が現れます。植物の枝葉のような線が動物の手足や角へと変わり、大きな生き物の内側には、さらに小さな生命が潜んでいる。それらは互いに呼応し、増殖し、分岐し、ときに融合しながら、画面や空間を満たしていきます。現実と空想、ミクロとマクロの境界を自在に行き来する豊かな想像力が、淺井の作品世界を特徴づけています。
2020年、コロナ禍のさなかにANOMALYで開催した個展では、宮城県牡鹿半島の食猟師・小野寺氏との交流をきっかけに猟へ同行し、譲り受けた野生の鹿の血液を用いた絵画を発表しました。この制作を通じて、淺井は一貫して探求してきた生命への関心をさらに深め、生と死の循環という根源的な問題に向き合いました。それは同時に、未知の素材による新たな表現への挑戦でもありました。
その後も淺井は、素材や技法を自在に横断し、各地で多彩な作品を発表してきました。2024年には、横浜を含む日本各地の土を用いた、幾通りにも組み替え可能な大型平面作品《八百万の森へ》が、横浜美術館の新収蔵作品として特別展示されました。また、福井県の金津創作の森美術館で開催された大規模個展では、滞在制作による巨大壁画や床絵、100点を超える陶作品を展示しました。同年、川崎市岡本太郎美術館では、鹿の血液と肝臓から生成した青色顔料(プルシアンブルー)を用いた絵画を発表し、北インドのラダックで開催された「フォレストアートフェスティバル(FAF)」では、植樹地を取り囲む3つの地上絵を完成させました。
2025年には、金沢21世紀美術館のグループ展「積層する時間:この世界を描くこと」で、能登半島を中心とした石川県の65種類の土を用い、約100名のボランティアとともに約1か月をかけて、高さ約4メートル、幅約27メートルの巨大壁画を制作しました。また、広島県福山市のプロジェクト「アートのタカラミチ」では、一枚一枚手作業で制作したタイルを丹念に貼り巡らせた、自身初の屋外彫刻作品を発表しました。
こうした活動と並行して、淺井はコロナ禍を機に、高校生の頃に親しんだ陶芸を再開し、土による造形の探究を続けてきました。ANOMALYで6年ぶりとなる個展「破裂するホロン」では、新作の平面作品とともに、近年力を注いでいる陶の作品をご紹介します。
淺井にとって、土は単なる素材ではありません。私たちの足元にありながら、普段はその存在を意識することの少ない土。淺井は早くから、そこに絵具としての可能性を見出し、各地で採集した土を用いて独自の絵画表現を発展させてきました。
土は、長い時間をかけて形成され、その土地の環境や歴史を内包しています。動植物の死骸が分解され、新たな生命を育む土の中では、微生物や菌類が活動し、植物が根を張り、無数の生命が互いに関わり合いながら息づいています。私たち人間もまた、体内に棲む無数の微生物と共生しながら生きる、ひとつの生命の集合体です。淺井にとって、各地の土を採集し、作品に取り入れることは、その土地に刻まれた時間や生命の営みに触れ、自らも生命の循環に身を置くことを意味します。
また、土は造形素材としても豊かな可能性を秘めています。土地ごとに色彩が異なり、褐色や黄土色、赤みを帯びたものなど多彩な色合いと市販の絵具では得がたい繊細な質感を備えています。水で溶けば絵具となり、手で練れば重さと厚みを持つ立体へと姿を変える。淺井は、こうした土の多様な性質を引き出しながら、絵画にとどまらず、陶へと表現の領域を広げてきました。素材を一方的にコントロールしようとするのではなく、その性質や変化を受け入れ、ときに予想もしなかった造形へと導かれていく。こうした柔軟で実験的な姿勢が、淺井の制作の根底にあります。
新作《水脈と血脈》では、大地を流れる水と生物の体内を流れる血のイメージを重ねた抽象的な背景に、横向きに座る人物が描かれています。パール系のアクリル絵具を用いた画面には、土や弁柄で描かれた獣や鳥、虫、花などの形象が無数に潜み、互いに複雑に入り交じりながら生命に満ちた世界を形づくっています。そこには、大地と身体の呼応を通して、自然と人間のつながりを見つめる淺井のまなざしがうかがえます。
一方、陶の制作では、土の重さや柔らかさを感じながら手を動かすことが、そのまま造形につながっていきます。土を押し、つまみ、伸ばすことで生まれる膨らみやくぼみ、思いがけない突起や曲線は、どこか生き物の身体を思わせます。乾燥や焼成によるひびや歪み、窯の中で変化する釉薬の色や質感もまた、作品を形づくる重要な要素となります。
本展では、重さや色合い、大きさの異なる陶の球を積み重ねたシリーズを発表します。それぞれが独立した形を持ちながら、互いに支え合い、絶妙な均衡のもとにひとつのまとまりを生み出しています。組み合わせによって姿を変えるその様子は、個々の生命が関わり合いながら、より大きな全体を形づくるあり方にも重なります。
また、新作《ホロン壺》は、両側に取っ手のある甕型の壺に、旗を掲げて馬にまたがる騎士像を配した作品です。騎士像は、一度焼き上げたものをあえて割り、断片ごとに異なる方法で再び焼成した後に接合することで、もとの姿にはなかった新たな表情を獲得しています。
本展のタイトルにある「ホロン」とは、思想家アーサー・ケストラーが提唱した概念で、それ自体がひとつの全体であると同時に、より大きな全体の一部でもあるものを指します。
淺井の作品に現れる無数の生命の形象や、組み替えられる絵画、積み重ねられた陶の造形にも、こうした部分と全体の関係が見出されます。しかし、淺井の作品において、その関係は決して固定されたものではありません。個々の形は分かれ、組み替えられ、再び結びつきながら、絶えず新たな全体を生み出していきます。「破裂するホロン」というタイトルには、完成した全体さえも再び断片へとひらき、そこから未知の世界を生み出していこうとする淺井の創作への姿勢が表れています。
さらに本展では、2021年から版画工房 エディション・ワークスとともに制作を進めてきた新作の銅版画と石版画も初公開いたします。版画職人・加山氏との協働のもと、素材の性質や反応を確かめながら試し刷りを重ね、絵画とは異なる表現を追求してきました。独立した3つの版を組み合わせてひとつの作品を構成するなど、「ホロン」の概念にも通じる試みが見られます。
私たちの足元にある土に未知の可能性を見出し、素材や技法の枠を超えて創作を続けてきた淺井裕介。その尽きることのない想像力から生まれる豊かな世界を、ぜひご体感ください。
会期中の12月5日(土)には、蔵屋美香氏(横浜美術館館長)を迎え、作家とのトークイベントを開催いたします。展覧会の主題である「ホロン」を手がかりに、淺井の制作の現在地を探ります。
破裂するホロン
地面を掘り、現れた土を掌ですくう。掌に収まった大地は、ぽろぽろと無数の粒や小さな塊に分かれていく。その一粒一粒に、かつてそこにいた命の時間が入り込んでいることを想像してみる。
絵を描く。
ほんの少しでも確かなものが現れるその時まで腕をふるう。描いたものに応え、消し、重ね、組み替えていくうちに、それまで断片だったものが、不意にひとつの全体としてこちらを向くことがある。いつどこからその線や形がやってくるのかはわからないけれど、それでも私はその瞬間を信じることができる。
それはある種の万能感にも似て、人が絵を描き続けてきた生き物であることの意味がそこに隠れているのだと思う。
焼き物を焼く。
両手で小さな卵を扱うように、粘土にそっと力を添えていく。触れたところだけでなく、その力が全体にどう伝わるのかを確かめながら、少しずつ調整を重ねていく。こちら側を押せばあちらが動き、表をつくれば同時に裏が生まれる。焼き物は形に合わせた重さを持ち、自ら立とうとする。持ち上げ、回し、裏返すことができる。
ごく稀に、制作の途中で焼き物にひびが入ったり、いくつかの断片に分かれたりすることがある。割れ目からは内側が現れる。そこにあるのは失われた全体の名残だけではない。断片はそれぞれ新しい表裏を持ち、別の何かになろうとする力をこちらへ投げかけてくる。
近年、複数のパネルを組み合わせてひとつの絵画をつくる試みを続けている。それと同じように 、 焼き上がった陶の作品も、ひとつひとつ異なる形を持ったまま上下に重ね、支え合わせてみる。形と形が支え合いながら、ひとつのまとまりをつくる。 その全体には、個々の形の気配が残りつつも、見る位置や組み合わせによって、また別の姿が現れてくる。平面と立体、そこに生まれる全体は、ひとつの完成に閉じるのではなく、それぞれの形を抱えたまま、再び断片へとひらいていく。
ひとつのホロンが破裂し炸裂する、そこからまた、名のない複数の全体が始まる。
淺井裕介