Jin Jiachen(金佳辰) 『彼方、わたしの手のひらをついと啄む』
開催概要
開催内容
Jin Jiachen(金佳辰)は、1993年 中国生まれ、愛知県在住。日常生活の中でぼんやりとした感覚や断片的な記憶をドローイングで記録し、それをキャンバス上に作品として昇華させます。
主に下地材を施していないキャンバスに水をふんだんに引き、絵具を滲ませていくステイニングの技法を用いて絵画作品を制作。水を使うことで偶然性が生まれ、キャンバスに浸透し蒸発することで色彩とキャンバスが柔らかく一体化します。
名古屋のみならず東京や北京、上海などでも精力的に作品を発表。昨年はインドネシア、北海道白老でアーティストインレジデンスを行うなど、さらに世界を広げています。今回はその土地土地で得た、言葉では捉えきれない経験、身体に残った感覚や時間の中で変化する感情を表現した作品が並びます。
以下DMより)
白老では鳥をよく見かけた。鳥の目の中に移り住んだら、この世界はどう見えるのだろう。羽ばたき、さえずり、胸を震わせ、本能に倣い獲物を捕らえる。人の理から解き放たれた世界での感覚を翻訳したい、この器から完全に離れることはできないとしても、そう思うようになったという。
同じくアーティストインレジデンスで訪れたインドネシアでジャワ語に、白老でアイヌ語に触れ、言葉が単に物事を説明するだけのものではなく、私たちが世界を捉える方法そのものに関わっているのではないかと感じた。人だけではないあらゆる生き物、神様や霊的な存在が近しい領域で、自分が当たり前だと思っていた物事の分け方や関係の捉え方の解は決して一つではないと気づかされる。白も黒も善も悪も、曖昧なまま決められないまま、規範さえ容易く変わり意味を失う。
言葉では完全に捉えきれない経験、身体に残った感覚や時間の中で変化する感情。例えば、ついさきほどまでよそものだった記憶が、閉じた昏がりの中で深い紫、赤い糸結ぼれ、星となる。痛みは小さな炎となり、跳ねながら、揺れながら、抱きながら、屠られて、抱きしめて、放られて、震えながら、また抱きしめてくり返し、「わたし」はありったけの受動態となり、それらを絵に写す。