「LIVE AS NOTHING」 徳永雅之・蜂須賀公之

開催概要

会期
2026年10月23日 〜 2026年11月01日
会場
gallery shell102 (東京都武蔵野市吉祥寺南町2-29-10 エクセル井の頭102)
参加クリエイター
徳永雅之 / 蜂須賀公之
ジャンル
アート、写真
タグ
写真、絵画

開催内容

UNA(徳永+蜂須賀の音楽ユニット)のライブを開くことから始まった今回の展覧会。
徳永雅之の絵画と、蜂須賀公之の写真が並ぶ時、映像と音が重なる時、見たことのない風景が生まれます。
”LIVE AS NOTHING”とは、今まで無かった風景の中に立つことであり、そこに生き続けることです。ぜひご覧ください。

【風景と音楽】蜂須賀公之
徳永さんがドラムをたたく時の心地よさは、登山家にとっての「いつか登りたい美しい山」というようなイメージとして、もうずいぶん長く僕の中にありました。一方僕には、風景のイメージから音楽を生み出す才能があった。いや自分で才能というのはおかしいですね。たやすくできて、満足できたのです。
 だから2年前、徳永さんとの音楽ユニットUNAが始動したとき、僕たちは風景、映像に音を重ねるところからやった。すんなりとナチュラルにそうなったと思います。

【音楽と絵画】徳永雅之(絵画)
 私の作品について「音楽を感じる」と言われたことが何度かあります。
私は音楽をイメージして描いているわけではありませんが、そう言われると嬉しくなります。
「抽象画の見方がわからない」と言われることがあります。
「具象作品が歌詞のある歌だとしたら、抽象作品はインストゥルメンタル(器楽曲)のようなものかもしれません」と答えることにしています。
 歌手の故·八代亜紀さんが「歌に感情を込めない」ことを信条にしていたという話が好きです。私は強い感情を持ちながら制作をすることがありません。画面と向き合う時間に、怒りや悲しみなどを持ち込む必要はないとすら思っています。それはロボットのように作業するという意味ではなく、単に自身の感情というノイズを作品に編み込みたくないというのが理由です。
 絵画も音楽も選ぶという行為はとても重要であり、表現そのものであると思っています。映画「アリー/スター誕生」に出てくるこの台詞が好きです。
「どの曲も12音の繰り返しだ。アーティストはその12音をどう見るか、それだけだ」
 私は作品のゴールを決めずに描いているので、制作のプロセスでは常に、描きかけの画面の中の何を拾って何を捨てるか、というジャッジが伴います。今回、会期中に演奏をする蜂須賀氏との音楽ユニット、UNAもそれに近いものがある気がします。
 アーティストは選び、拾い、そして捨てることで作品を生み出していきます。蜂須賀氏が選ぶ音は、彼がカメラで切り取る世界がそうであるように私の中でとても良く響きます。

「LIVE AS NOTHING」 徳永雅之・蜂須賀公之