法華経の美術ーーつくるとは、願うこと
開催概要
- 会期
- 2026年12月12日 〜 2027年02月07日
- 会場
- サントリー美術館 (東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン ガレリア3階)
- ジャンル
- クラフト
- タグ
- 仏像、経典、日本画、近代美術
開催内容
サントリー美術館(東京・六本木)は、2026年12月12日(土)から2027年2月7日(日)まで「法華経の美術ーーつくるとは、願うこと」を開催いたします。
法華経は、誰もが平等に成仏できることや、現世のあらゆる苦しみ・災いからほとけによって救われることが説かれた仏教の経典で、紀元前から3世紀頃までにインドの地で成立しました。
中国・朝鮮半島を経由して飛鳥時代に日本へ伝わり、以来、老若男女・貴賤僧俗を問わずひろく信仰されてきました。日本の人々にとって法華経は、日常の苦しみを乗り越えて安穏に過ごし、来世での往生を願う、生きていくための「よすが」であったといえます。
そうした信仰の在り様を現代に伝えるのが、法華経に基づいてつくられた造形美術の数々です。
法華経では救われるために必要となる善行い〈作善〉として、経の書写や荘厳(装飾)、寺塔の建立、仏像の造立などといった“つくる” 行為が説かれており、信仰は造形と一体となって展開してきました。
本展ではこのような〈作善〉に着目し、「造塔」「写経と奉納」「造像」の3つのテーマで、古代から近世に至る法華経美術の名品・名宝をご紹介いたします。また、近世絵師たちによる法華経信仰の側面にも注目し、その創作活動との関係に迫ります。“つくる”ことに託された人々の“ 願い”を紐解きながら、時代や階級を越えてつながる信仰とその美術をご鑑賞いただく機会となれば幸いです。
※作品保護のため、会期中展示替を行います。
【前期】2026年12月12日~2027年1月11日
【後期】2027年1月13日~2月7日
[展示構成]
プロローグ 白蓮華(びゃくれんげ) のように最も優れた正しい教え
法華経は釈迦がインドの霊鷲山(りょうじゅせん)で説いたという教えで、在俗の仏教徒たちによって紀元前から3世紀頃にかけて、段階的に経典として形成されていったと考えられています。サンスクリット語の原題を『サッダルマ・プンダリーカ・スートラ(Saddharma-pundarīka-sūtra)』といい、これを直訳すると「白蓮華のように最も優れた正しい教え」となります。
中国ではいくつかの漢訳本がつくられましたが、このうち西域僧・鳩摩羅什(くまらじゅう)が訳した28の品(ほん)(章)から構成される8巻本の『妙法蓮華経』が東アジア諸地域に最も流布し、一般にこれが「法華経」と呼ばれるようになりました。プロローグでは、こうした伝播の過程にも触れつつ、法華経の構成とその壮大な物語の世界をご紹介いたします。
第1章 造塔ーー仏法の象徴、願いを起(た)てる
仏塔は本来、仏舎利(仏の遺骨)を納めるためにつくられるものであり、仏教では古くから聖なるモチーフとして特に重要視されてきました。法華経の方便品(ほうべんほん)(第2章)でも、塔の建立やその荘厳が作善のひとつとして挙げられています。
また見宝塔品(けんほうとうほん)(第11章)では、霊鷲山で教えを説いた釈迦の眼前に多宝如来(たほうにょらい)が宝塔とともに地中から出現するという、法華経のなかでもハイライトというべき劇的な場面が語られています。
多宝如来は釈迦の教えが正しいことを証明するために現れたといい、塔の内部に釈迦を招き入れ、これ以降、法華経の物語は霊鷲山から虚空=空中へと舞台を移します。
本章では、仏法のシンボルとして法華経美術のなかでも重んじられてきた“ 塔”の多様なかたちを、絵画・工芸・書跡の諸作品からご覧いただきます。
第2章 写経と奉納ーー善美を尽くした、不朽の法華経
平安時代には、貴族を中心に現世利益や女人成仏を説く法華経への信仰が拡大し、如法経(にょほうきょう)と呼ばれる、作法に則し心身を清めて書写した写経だけでなく、華麗な荘厳を施した装飾経も盛んに制作されるようになりました。その背景にあったのは、釈迦の入滅から長い年月を経たことで、その教えを正しく実践する者がいなくなり、誰も悟りを得ることができなくなるという「末法(まっぽう)」の到来への恐れです。
人々は成仏へのきっかけをつくろうと、互いに協力しあって写経を完成させ、仏法と縁を結びました。さらに、そうした功徳を現世・未来世のほとけに伝え残そうと、寺社や霊地への奉納・埋納が行われ、朽ちて傷むのを避けるため、金属板や粘土板、石などに経文が写されることもありました。
本章では、貴賤僧俗を問わず、人々が自身のなせる善の限り、美の限りを尽くして願いを込めた法華経写経の名品を展観いたします。
第3章 造像ーー願いを託した、ほとけの姿
霊鷲山で教えを説いた釈迦をはじめとして、法華経には多くのほとけが登場します。釈迦に付き従う弥勒菩薩や文殊菩薩、現世のあらゆる苦難から人々を救う観音菩薩とその三十三の応現身、法華経の持経者(じきょうしゃ)を守護する普賢菩薩や毘沙門天、十羅刹女など、なかには聞き馴染みのあるほとけも少なくないでしょう。
中世以降、尊像が各地でさかんにつくられましたが、発見された銘文や納入品には、安穏に日々を生きていくことや死後に極楽浄土へ行くことを願う内容がしばしばみられ、現代とも変わらない日本人の心性を感じることができます。
本章では、造像の背景に込められた“ 願い”にも注目しつつ、法華経信仰によってつくられたほとけたちをご紹介いたします。
エピローグ 近世美術と法華経
鎌倉時代中期に日蓮が開いた新たな法華宗(日蓮宗)は権力者や他宗派としばしば対立しつつも、民衆からの支持を広げ、中世末期には京都の町衆の間で浸透していました。そのため、町衆にルーツをもつ狩野派や本阿弥家などの絵師や文化人には法華宗徒が少なくありません。江戸時代後期に活躍した葛飾北斎も法華経を信仰していたひとりで、外出時には法華経の一節を唱誦しながら歩いていたと伝わります。造形や荘厳を作善とする法華経は、彼らの創作精神に影響を及ぼし、またその活動を支えていたと考えられます。
エピローグでは近世絵師たちの法華経信仰をご紹介するとともに、日本人の生活のなかにあった信仰を振り返る機会となれば幸いです。