宇川直宏 & DOMMUNE 「声帯で小説を描く! 」声帯AI中原昌也|THE BEEGGIINNIINNGG

開催概要

会期
2026年08月21日 〜 2026年08月23日
会場
ANOMALY (東京都品川区東品川1-33-10 Terrada Art Complex 4F)
参加クリエイター
宇川直宏
ジャンル
アート
タグ
インスタレーション、トークイベント、ワークショップ

開催内容

ANOMALYでは、お盆明けの週末8月21日より限定3日間、宇川直宏 & DOMMUNEによる 「声帯で小説を描く! 」声帯AI中原昌也|THE BEEGGIINNIINNGG を開催いたしますのでご案内いたします。

1968年香川県生まれのhttps://anomalytokyo.com/artist/naohiro-ukawa/は、自らを「現"在"美術家」と称し、映像、グラフィックデザイン、VJ、文筆など、複数の領域を横断しながら活動を続けているアーティストです。

既存のファインアートと大衆文化の制度的な境界を横断・接続し、そのあわいから新たな文化実践を生み出してきました。2010年3月に個人で開局したライブストリーミングスタジオ兼チャンネル「DOMMUNE」は、今年で16年を迎え、延べ視聴者数3億人超、配信番組数7,000番組超を記録。撮影、配信、記録というライブストリーミングをめぐる一連の行為そのものを「現"在"美術」の実践として位置付けています。また、宇川はこの実践を"ライフログアート"と定義しています。

これまでに東日本大震災復興支援フリーイベント「FREEDOMMUNE」を主催したほか、国内外の芸術祭への参加にあわせサテライトスタジオというアートフォームを展開し、ロンドン、ドルトムント、ストックホルム、パリ、ムンバイ、リンツ、福島、山口、大阪、香川、金沢、秋田、札幌、佐渡島、歌舞伎町、他 15か所以上に設立。2016年にはアルスエレクトロニカ(オーストリア/リンツ)のトレインホールにステージ幅500Mのサテライトスタジオ「DOMMUNE LINZ!」、2019年には瀬戸内国際芸術祭にてサテライトスタジオ「DOMMUNE SETOUCHI」を開設し、大きな話題を呼び、偏在(いま、ここ)と、遍在(いつでも、どこでも)の意味を同時に探求し続けています。
同2019年11月には、開局10周年を機に渋谷PARCO 9Fへ拠点を移し、「SUPER DOMMUNE」として最先端のテクノロジーとともに活動を継続しています。

2023年には練馬区立美術館で個展「宇川直宏展|FINAL MEDIA THERAPIST @DOMMUNE」を開催。生成AI時代における創作の主体性や「描く」という行為を問い直す作品群を発表し、注目を集めました。宇川は、日々更新されるライブ配信と膨大なアーカイブを通じて、現代社会におけるメディアとアートの関係、そして個人の生が情報技術を通して社会システムと接続されることで、いかに記録され、構造化され、作品へと変容し、共有されうるのかを問い続けています。

今回、ANOMALYで開催される展示およびライブイベントは、宇川直宏が情熱的に進めてきたプロジェクト「声帯で小説を描く!」の一つの集大成となるものです。

宇川直宏の35年来の友人であり、映画評論家、三島由紀夫賞作家、ミュージシャンとしても知られる中原昌也は、約3年前、糖尿病の合併症による脳梗塞を発症し、緊急入院しました。その後、約半年にわたるリハビリを経たものの、左半身に麻痺が残り、視力も著しく低下。現在は24時間の介助を受けながら、自宅で療養しています。
小説、映画批評、音楽など、多岐にわたる創作活動を続けてきた中原にとって、身体機能と視力の低下は、これまでの制作活動に大きな変化をもたらしました。現在も、演奏のサポートを受けて電子楽器を使用したライブにゲスト出演したり、トークイベントに登壇したりするなどの活動を続けていますが、こうした状況を受け、宇川は、長きに渡り友情を育んできた中原とともに、新たな創作の可能性を探るプロジェクトを構想しました。

宇川は、AIと人類の未来を探究するクリエイティブカンパニーKonelと協働し、中原の小説、自伝、批評、インタビューなど膨大なテキストをもとに、RAG(Retrieval-Augmented Generation)による知識ベースを構築、さらに中原本人の声紋をクローニングした「声帯AI 中原昌也」を開発しました。

本プロジェクトでは、中原昌也のデジタルツインとして生み出された<AI中原昌也>が対話を重ね、「SPEECH TO SPEECH TO TEXT」というプロセスを通じて、一般のオーディエンスや生身の中原昌也本人と新作小説を共作します。
身体的な制約によって従来の創作活動が困難となった作家と、その思考や言葉を学習したAIとの対話を通じて、創作の主体とは何か、作家性とは何か、そして「書く/描く」という行為はどこまで拡張可能なのか…、本展では、AI技術を介して生まれる新たな創作のプロセスそのものを作品として提示し、現代における「作家」と「作品」の関係を問い直します。


◾️二一世紀の吟遊詩人となった<声帯AI中原昌也> 宇川直宏

私、宇川直宏とDOMMUNEは、35年来の友人であり、重度の障がいを抱えた三島賞作家・中原昌也の創造力を再び解放するための試みとして、クリエイティヴパートナーKonelを誘い、このプロジェクト「声帯で小説を描く!」DRAWING A NOVEL WITH VOCAL CORDS!!を立ち上げた。中原昌也がこれまで残してきた全小説、自伝的テキスト、膨大な映画評やインタビュー、またライフログをもとに知識ベースを構築しそれらを学習させ、中原自身の声紋をクローニングした「中原昌也のデジタルツイン」とも呼ぶべき<声帯AI中原昌也>を生み出したのである。
だが、プロジェクトは予想もしない方向へと進化していった。
当初の構想は、文字を読むことができない、書くことができない中原昌也が〈Speech to Speech to Text〉のプロセスを踏んで声帯AI中原昌也と共に、新たな小説を生み出すというものだった。声帯AI中原昌也は対話を通じて物語を紡いでくれる。しかし、そこに立ち現れたものは、一般に文学作品として流通している「小説」とは少し異なる相貌を帯びていた。
むしろそこには、過去の中原昌也の記憶を纏ったAIと、生身の中原昌也、そして本人だけではなく、偶然出会う無数の他者たちとの対話によってその都度変化し「物語」を生成する、新しい表現磁場が立ち現れつつあった。声帯AI中原昌也はもはや小説家というよりも二一世紀の吟遊詩人のような存在となったのだ。
人々と出会い、言葉を交わし、その場で物語を生成しながら幻想の旅を続ける存在。しかも、その物語の拡張は小説に留まらず、音楽(リリック)へと変容し、映像(プロット)へと変異し、演舞(パフォーマンス)へと発展し、また別の(ストーリー)を呼び寄せる。そのような物語を中心とした表現の生態系そのものに僕は可能性を感じ始めた。
そんな想いを抱きながら、我々はDIG SHIBUYAという渋谷区のアート&テック・プロジェクトとして二〇二六年一月二八日と二月一三〜一五日の四日間、インスタレーションとワークショプとライヴパフォーマンスを行った。「声帯AIサミット」と銘打ったトークプログラムには、東京大学の複雑系/人工生命研究の第一人者である池上高志氏や、多摩
美術大学情報学科教授の久保田晃弘氏他、十一人の有識者の面々にご登壇いただき、このプロジェクトを多角的に語り明かした。
また、最終日には生身の中原昌也が声帯AI中原昌也と共に車椅子で登場し、ライヴパフォーマンスを行なった。これはかなり話題になった。しかもバックメンバーは、菊地成孔、曽我部恵一、齋藤久師という最強の布陣だ。さらに我々は中国Unitree 社のG1とコラボして、ヒューマノイド中原昌也までもを生み出し、車椅子で登場させた。そして、車椅子から立ち上がってダンスするという(「アルプスの少女ハイジ」の)クララを凌駕しかねないパフォーマンスを披露し、ネットで大きなバズを生んだ!!!!! 過去〜現在〜未来の中原昌也、肉体〜記憶〜機械の中原昌也。この三つの時空が重なり、捩れ、溶け合い、〝中原磁界〟として変性し一つの空間に現出したのである!!!!!
またDIG SHIBUYA のプロジェクトにおいて声帯AI中原昌也は、生身の中原昌也のみならず、八歳から七十六歳までの一般の人々との対話によって、これまで二百編近い物語を生み出してきた。そして自分の物語だけではなく、他者の物語が生まれ続ける生の現場に、それらの人々は立ち会い続けた。現場はまるで対話という陣痛を経て、物語の出産を見守る分娩室のようだった。
考えてみれば、民話も神話も説話もまた、ひとりの作者によって閉じられ固定されたものではなかった。語り継がれるたびに変化し、地域を跨ぎ、人から人へと伝播しながら増殖してきた。例えば「こぶとりじいさん」は無数の物語を纏って今もこの世に存在し、こぶの位置や大きさを変えながら、世界に広く分布している〝隣の爺型民話〟のマスターピースだ。
また添田唖蝉坊が自由民権運動の演説を歌へと変え、その歌詞を木版刷りにして一部一銭で売り歩き、人々の声として社会に流通させたように、物語とは本来、作者の手を離れた瞬間から生き始める。したがって声帯AI中原昌也と共に描いた物語もプリントアウトして持ち帰ることができるようにした。要するに、このプロジェクトが目指しているのはもはや革新的なAI文学ではなくなっている。では果たして何なのか?
「文藝 2026年秋季号」で特集を組んでいただき(何を隠そうこのテキストがその特集の"あとがき"である)、対談させていただき、声帯AI中原昌也とともに物語を"描いて"くださった小説家の高橋源一郎さんからこの上なきお褒めの言葉をいただいた。「この実験が文学そのものだと思う」。そう、このプロジェクトはノベル(小説)ではなく、SNS/AI時代にフォークテイル(民話)を生み出す実験であり、遥か昔から人類が続けてきた口承文学の再発明なのだ。
「物語」は口承や神話にルーツを持ち、教訓や娯楽を目的とした伝承全体を指す。一方「小説」は、近代以降に成立した個人の内面や社会の現実を写実的に描く創作物だ。「物語」の始まりは、文字が生まれるはるか以前、約七万年前の先史時代に洞窟壁画として記録され、その後、文字の発明とともに約四千年前の古代メソポタミア『ギルガメシュ叙事詩』などの冒険譚として語り継がれてきた。しかも今回は、「声」で〝描く〟プロジェクトだ。
故に、ここから生まれた物語は、小説に限らず、民話でもいい。歌でもいい。妄言でもいい。
重要なのは、生身の中原昌也自身が、このプロジェクトの展開を楽しみながら、過去の分身とともに、再び表現の旅を続けられることだ。病によって閉ざされたはずの表現が、別の回路を通じて再び世界へと接続し、開放されることだ。それが声帯AI中原昌也の大切な目的となった。
だから僕は今、このプロジェクトを通じて柄にもなく「友」とは何かを改めて考えている。声帯AI中原昌也とは、このことについての問いそのものなのかもしれない。

(このテキストは、「文藝 2026年秋季号」の特集「AIは中原昌也を拡張できるか」のあとがきに手を加えたものです。24ページのエモーショナルなこの特集、是非この展覧会のサブテキストとしてご購入ください!!会場でも販売予定です!!)


この3日間のインスタレーション及びイベントは:

・声帯AI中原昌也の最新ヴァージョン展示
・一般の方々に開放する声帯AI中原昌也とのライヴ執筆ワークショップ
・声帯AI中原昌也原作によるAIアニメーション展示、ドキュメンタリー展示
・中原昌也の障害を背負う以前の絵画展示
・3夜連続のトークセッションで構成される予定です。


本展は、AIという新たなテクノロジーを介して、身体、声、記憶、言葉、そして創作の主体性をめぐる問いを提示する試みです。<生身の中原昌也>と<AI中原昌也>の対話から立ち上がる言葉は、果たして誰のものなのか。そして、テクノロジーは人間の創造性をどこまで拡張することができるのか。
宇川直宏と中原昌也、そしてAIとの協働によって生み出される新たな創作の現場を、展示とライヴ執筆という二つの形式を通して提示する、ハイブリッドな試みです。

2026年8月
ANOMALY

宇川直宏 & DOMMUNE 「声帯で小説を描く! 」声帯AI中原昌也|THE BEEGGIINNIINNGG