アートスペース油亀企画展 吉行鮎子絵画展「あむ」
開催概要
開催内容
吉行鮎子:深化する「瞑想トラベル」―心をあむ、物語の情景―
子供の頃から、言葉で伝えるのが苦手だった。今日あった出来事を母親に尋ねられても、うまく言葉にならない。代わりに、ピアノの鍵盤を叩いて気持ちを表現した。時には、鉛筆で無心に描いた絵が言葉の代わりだった。
独学で自らの表現を切り拓いてきた美術家・吉行鮎子にとって、描くことは今も昔も、生きることそのものである。食べるときと寝るとき以外のすべての時間を絵を描くことに捧げ、筆を持たない時でさえ頭の中でキャンバスに向き合い続ける。その純度の高い衝動こそが、彼女の芸術の底流にある圧倒的な熱量の源泉だ。
彼女の美術的な面白さは、外にある対象を写し取るのではなく、自らの内へと深く潜り込む「瞑想」の旅のなかで見える風景や情景を、そのままキャンバスに定着させている点にある。スケッチに出かける代わりに、描き出すことでその場にトリップし、その状態を「幸せ」と感じる画家の純粋な脳内の風景は、一枚一枚が独立していながらも、どこかで地続きに繋がっているかのような連続性を持っている。
かつてフランスのアンリ・ルソーが、定職を持ちながら独学で独自の美の王国を築き上げ、美術史に不滅の足跡を残したように、吉行の作品にもまた、既成の概念に囚われない自由な生命力が宿っている。ルソーの絵画精神と深く響き合う彼女の画面において、深い森や瑞々しい芝、息づく自然と動植物は特異な存在感を放つ。さらに、あえて顔と体のバランス(割合)を崩し、心地よい違和感を湛えた人物や動物のフォルムは、彼女の絵画を象徴する大きな特徴である。
しかし、その創作の旅は決して平坦なものではなかった。「描きたい頭の中の情景」に技術が追いつかないという、深いジレンマともがきの中から、彼女は独自の美術的表現を獲得してきた。 美術関係者からも高く評価される、まるで本物の芝が水分を含んで息づいているかのような生々しい油絵の具の乗せ方(マチエール)はその代表例である。だが、彼女はそこに安住しない。常に新しい自己表現を探り続け、板を勢いよくこすりつけてできる偶然の絵の具の跡を利用したり、人物の顔に雲がかかったような情景を作り上げることで、そのときの心境が見え隠れする状態を表現したり、心の動きをも筆跡で捉えることができていることが面白い。さらに、独特の遠近法や、シンメトリーを操る大胆かつ緻密な空間構成は、確かな歩みの中で深化を続け、画面に圧倒的な魅力を与えている。
近年、その眼差しは自己の内面世界の表出に留まらず、絶滅危惧種や環境問題といった「現代の不条理」への関心へと広がりを見せ、作品にさらなる社会的な深度をもたらしている。
彼女の作品は、一枚を部屋に飾るだけで、まるで彼女の頭の中を一緒に旅しているような、不思議な感覚をもたらす。毎日の生活の中に、奥行きをもたらしてくれるのだ。描かれた豊かな自然や愛らしい動植物、そしてリラックスした登場人物たちの仕草や表情は、観る者の心をそっとにこやかに和ませる。描き続ける中で変化していく彼女の作風を目撃するとき、鑑賞者は単に絵を眺めるのではなく、絵画という鏡を通して「もう一人の自分自身」と対話することになるのだろう。
地元・岡山髙島屋の美術画廊という、彼女にとって大きな節目となる初の百貨店個展。 今回は「あむ(編む)」をテーマに、「心をあむ、物語をあむ」という新たな境地に挑んだ油彩画が一堂に会する。さらに、言葉を超えた表現の原点とも言える絵本『あかいピアノ』の原画を合わせた約三十点を一挙に公開する、待望の原画展も同時開催となる。会場では絵本原画に加え、貴重なサイン本の販売も行う。
また、今回の個展に向けて、吉行鮎子本人が岡山の額職人のもとで直接木の選定から行い、職人の手仕事で作り上げたオリジナルの額も合わせて発表する。絵と額の組み合わせによってさらに深まる、絵画としての面白さもぜひ合わせてお楽しみいただきたい。
これまでの軌跡と、常に更新され続ける技法が交差する場所。今、この瞬間しか立ち会えない、等身大の吉行鮎子の脳内の風景を、ぜひ全身で体感していただきたい。
会場は、岡山髙島屋 7階 美術画廊です。