杉本博司 絶滅写真
開催概要
開催内容
この度、東京国立近代美術館(東京・竹橋)にて「杉本博司 絶滅写真」を開催いたします。
様々な領域で活動する現代美術作家、杉本博司(1948-)。小田原文化財団 江之浦測候所をはじめ建築分野でも活躍し、日本の古典芸能など舞台芸術の演出では国内のみならずヨーロッパ数都市やニューヨークにも進出。その活動分野は書、陶芸、和歌、料理と多岐にわたっています。
そんな多才な杉本の芸術の原点は銀塩写真にあります。確たるコンセプトに基づく、独自の表現による作品はまた、写真がデジタルに置き換わった今、銀塩写真の技術としても頂点を極めるものであり、その技法は今やまさに「絶滅が危惧される」ものと言えます。
本展では杉本の初期(1970 年代後半)から現在に至る銀塩写真約65点を展観します。
写真作品で構成する美術館での個展は、国内では2005年の森美術館以来の開催となります。
さらに、同館所蔵品ギャラリー3階にて同館所蔵杉本作品全点、また未公開資料「スギモトノート」をサテライト展示します。
「スギモトノート」:
写真作品制作における、撮影時および暗室での作業工程の覚書を記したノート。
1970 年代半ばより記録は始まる。
「杉本博司 絶滅写真」に寄せて
今、写真から何が絶滅したのか。それは写真の証拠能力に他ならない。写真は21世紀に入り急速にデジタル化した。デジタル画像は如何様にも変換可能である。西部開拓時代、アメリカ先住民は思った。「白人嘘つく、インディアン嘘つかない」。
今、私は同じ様に思う。「デジタル嘘つく、写真嘘つかない」。そもそも幕末に写真が紹介された時、「PHOTOGRAPHY」の訳語を「写真」としたのはかなり異訳だったと思う。
むしろ「光子画」の方が馴染むのだが、やはり写真の持つ迫真性に人々は度肝を抜かれたのだろう。私なら「抜霊画」と訳していただろう。天皇の肖像画は古来より「御真影」とされてきた。写真は「御真影」を撮る装置として感得されただろう。しかも高貴な人々だけでなく、庶民の真の姿をも映す。
私は銀塩写真全盛の頃に生を受け、その終焉の頃に人生の幕を下ろそうとしている。思い返せば若年の頃、ニューヨークに渡り、芸術界の二流市民として扱われていた写真を、その名誉を回復し、一流市民にまで格上げさせてみたいという野心を持ったことから、私の写真家人生は始まった。
私は写真の持つ信憑性について考えた。写真に写されたものは存在した、それは証明写真とも言われる様に、真実の存在証明だった。犯人は警察で証拠写真を突きつけられ、観念し自白した。私はその特性を逆手に取って、写真には写らないものもある、ということを写真に撮って証明してみようと考えたのだ。白熊の写真に人々は命を見た、しかしそこには命はなかったのだ。映画館の白いスクリーン。あなたの見たと思えた映画は、全て白光に還元してしまうのだ。私は現代美術という世界に、メディアとしての写真をプロモートできたのではないかと自負している。あれから苦節35年、芸術界の一流市民になれた証として、私は2009年、高松宮殿下記念世界文化賞を受賞た。しかし皮肉なことに私の受賞したのは絵画部門だった。芸術界の老舗、絵画と同じレベルの芸術として私の写真は認定されたのだ。
私は嬉しくも悲しかった。絵は絵空事を描くメディアだ。写真は真実を描くメディアなのだ。見損なってもらっては困る、と言いたかったのだ。今、写真は絵の代替えメディアに堕してしまったようだ。
私は今、倉庫の奥に眠っていた10年落ちの印画紙を引っ張り出してきて、暗室作業に勤しんでいる。黄ばんで極端に感度の落ちた印画紙もなかなか味があるのだ。私は銀塩写真の寿命と私の寿命とが響き合っていることに幸せを感じている。
杉本博司
[展覧会の構成と見どころ]
■初期から近作まで全13 のシリーズを3章構成で展示
本展は、3つの章、全13 シリーズにより、ゆるやかに時系列に沿いつつ杉本博司の作品世界の展開をたどります。
1章「時間・光・記憶」では、1970年代から80年代に着手され、杉本の評価を確立することになった〈ジオラマ〉〈劇場〉〈海景〉の3つのシリーズなどにより、作品世界の始まりを紹介します。
2 章「観念の形」では、人間の知性や想像力がつくりだしたさまざまな「かたち」を主題とした〈観念の形〉、〈スタイアライズド・スカルプチャー〉など90年代末から展開されたシリーズにより、作品世界が拡張・深化していくプロセスを紹介します。
3章「絶滅写真」では、終焉を迎えつつある銀塩写真というメディアの写真の始原にさかのぼる〈前写真、時間記録装置〉、〈フォトジェニック・ドローイング〉から、近作〈Opticks〉まで、6つのシリーズにより、杉本が予見する“絶滅”をめぐるヴィジョンの行方を探ります。
■初公開の新作
本展では初期三部作として知られる〈ジオラマ〉〈劇場〉〈海景〉の3 つのシリーズをはじめ、〈建築〉、〈スタイアライズド・スカルプチャー〉などのシリーズにおいて、初公開となる新作の展示を予定しています。とくに杉本のデビュー作として知られる〈ジオラマ〉では、《ポコット族》などいくつかの新作を加えた構成により、1976年、シリーズの始まりからひそかに構想され、約半世紀をかけてついに実現に至った、人類史をめぐる深淵なストーリーが初めて提示されます。
■“ 絶滅”をめぐって
本展のタイトルでもある「絶滅写真」とは、作家のステートメントにもあるように、銀塩写真というメディアの終焉と自らの作家活動の終幕を見すえて浮上した主題です。しかし本展で示される“絶滅”をめぐるヴィジョンとは、それにとどまるものではありません。それではいったい何が“絶滅”しようとしているのか? 半世紀にわたって写真というメディアによる表現の可能性を拡張・深化させてきた杉本の作品世界の全体像を見わたす本展において、通奏低音として示される“絶滅”という主題に
ご注目ください。