宮本佳美「Internal sight」
開催概要
- 会期
- 2025年02月08日 〜 2025年03月01日
- 会場
- imura art gallery (京都府京都市左京区丸太町通川端東入東丸太町31)
- 参加クリエイター
- 宮本佳美
- ジャンル
- アート
- タグ
- 絵画、平面
開催内容
この度、イムラアートギャラリーでは、6 回目となる宮本佳美の個展を開催いたします。学生時代より一貫してモノクロームの絵画を描いてきた宮本ですが、その根底には、「光」という現象を捉えたいというシンプルな追求があります。
押し花やプリザーブドフラワーを用いて透過する光を捉えることから始まり、彫刻や白く着色した花に現れる陰影を捉えて光と影を描く、あるいは海外の強烈な陽射しを浴びる鉢植えの花の印象を描いた作品等、モチーフとなる対象はさまざまですが、その制作活動には、どうしたら「光」を描くことができるのか、という作家の問いが常に存在しています。
宮本は、2022 年にエミール・ガレやドーム兄弟のガラス器をモチーフに、やはり光をテーマとした新作を発表しました。その制作を振り返り、「ガラス表面の輝きを捉える光、内側から透けてくる光、物を知覚するための光、その3 つの光を描いていました。(中略)ただ、絵を描く過程においてガラスそのものと十分に向き合っていない違和感を感じていました。ガラスの表面に起こる現象を描き出している感覚でした。」と回想します。
本展の新作に描かれるのは、氷に閉じ込められた植物です。当時、描ききれなかったガラスの中の部分、物質としてのガラスの表面と裏面の間にある世界を描くために、氷に閉ざされた空間を人工的につくり出し、新作のモチーフとしました。小さな空間の中に生じた気泡の爆発を描いた作品は、宮本のこれまでの「光」に対する渇望を表出させているかのようです。
光を求めて辿り着いた作家の現在地を、是非ご高覧ください。
『心に太陽をもて――宮本佳美と内なる燃焼』
椹木 野衣
宮本佳美の新作「Dual world」から、あたかもなにかが爆発したかのように湧き出る光は、いったいなんだろうか。確かに宮本は、これまでも様々な媒体を活用して光を描いてきた。だが、この光は過去のものとはかなり違って見える。けれどもそれを、氷や胡椒の粒といった新たな材料を使用したことによる効果と受け取るのは間違っている。そもそも宮本にとってこれらの媒体は、彼女が望む光を得るための試行錯誤の結果であって、かりにそこに目がいくとしても、そのこと自体にはあまり意味はない。求められているのは、あくまで光そのものなのだ。
先に爆発的、と書いたけれども、よく見ればわかるとおり、この光を爆発と呼ぶのは正確ではない。もしも光の爆発であれば、光は四方八方に広がって、胡椒の粒や枝をはるかに超えて、画面から手前へと拡大しているはずだ。しかし本作での光は、爆発的であるにもかかわらず、そのような外延的な拡大はしていない。爆発的でありながら、内に留まっているのだ。
爆発的であるにもかかわらず、内に留まるような光とは、なんだろうか。ここでわたしが即座に連想するのは、太陽だ。太陽は核融合によってつねに爆発的なエネルギーを燃焼し続けているけれども、ひとつの恒星としての実体が破壊されるには至らず、一個の星としての形態を持続してる。もっとも、その燃焼はあまりにも強烈なので、わたしたちは地上でその様子を肉眼を通じつぶさに観察することができない。だからわたしたちは、太陽の持つ爆発的だが内に留まる光を、いつも目を閉じた時にまぶたの裏になお残る光の余韻として知覚する。
今回、展示された宮本の新作を見て感じた光とは、そのような性質のものであった。さらに言えば、内なる光に光源はなく、物理的な意味での照度ももたないから、どんなに強烈であっても、いつまで凝視しても、目にダメージを与えるということはない。このような光が持つ性質――爆発的に強烈だが、いつまでも見続けることができる――こそ、今回の新作を通じて宮本が描こうとしている光なのではないか。
宮本の絵は、しばしば具象性とモノクロームな性質で語られてきた。確かに物理的にはそうかもしれない。だが、言うまでもなく絵画とは物理だけで語れるものではない。それどころか、宮本の描く光が、物理に沿うものではなく、内なる光の顕現なのだとしたらどうだろう。わたしたちの内なる光は、光学的な現象ではないから原理的に言って色はない。だが、わたしたちはしばしばまぶたの裏で極彩色の光が乱舞するのを見る。つまり、わたしたちの内界では、物理的な色はなくても、知覚のうえでは色があるのだ。まさしく宮本の絵がそうであるように。
もっと言えば、宮本は眼球の内なる世界で放たれる光を描いているのかもしれない。と言うのも、今回の個展のために寄せた文のなかで宮本自身、「表と内側に在る物の間の世界」を描きたいと書いているからだ。もしくは、「光により隠された表面と裏面が在る物の中間を描く事」とも。それこそ眼球の内なる世界のことではないか。それなら、彼女が「氷に閉ざされた空間の中に大きな宇宙を感じます」と言うのは、ほかでもない。「眼球に閉ざされた空間の中に、外界よりもはるかに大きな宇宙、すなわち内なる太陽(希望)を見ること」なのではないだろうか。
*タイトルは山本有三『心に太陽を持て』新潮文庫による。
個展に向けて
私は今回の個展のモチーフとして氷を媒体とした物の捉え方を追求しています。しかし、氷自体は作品の目指す所で無く、私が描きたいと思ったのは表面と内側の間に在る世界です。
2022 年私は、ガレ、ドーム兄弟のガラス器を撮影する機会に恵まれました。そしてガラス器をモチーフに光をテーマとした絵を描きました。その中でガラス表面の輝きを捉える光、内側から透けてくる光、物を知覚するための光、その3つを描いていました。 ガラスという特質を上手く生かした表現だと思ったからです。ただ、絵を描く過程においてガラスその物と十分に向かい合っていない違和感を感じていました。ガラスの表面に起こる現象を描き出している感覚でした。
その時見えていなかったモチーフであるガラスの部分、つまり光により隠された表面と裏面が有る物の中間を描く事。その為に何度も色々な方法で氷を作りモチーフにする事にたどり着きました。
氷に閉ざされた空間の中に大きな宇宙を感じます。氷になる時に生じた無数の気泡で 空気の爆発が起こり、透明な空間を白く染めます。そんな情景のどこに焦点を当てて画面に起こすのかという挑戦の中から絵画に通じる糸口を掴みたいと思っています。
宮本佳美