AKIRA GOMi 1972-2012 / 倉俣史朗&村上麗奈
開催概要
開催内容
ときの忘れものでは、五味先生が編集顧問として関わった写真雑誌『Sh・I・N・C vol.2』(1989年刊行)に掲載された倉俣史朗の代表作の写真と、コンタクトプリント(ヴィンテージ)を含む村上麗奈の写真など約20点をご覧いただきます。
今から20年前の1991年4月から『月刊PLAYBOY』に写真家・五味彬の写真連載が開始されました。それは1990年代の日本人女性の裸体を標本のように撮影したものでしたが、当時のヘアー問題のためにわずか2ヶ月で連載打ち切りとなります。その後、別の大手出版社から写真集『YELLOWS』と題して出版されることになり、撮影を続行したのですが、その写真集も印刷が終わり、あとは配本するだけという時に、再びヘアー問題による出版社の自主規制で断裁処分されてしまい、陽の目を見ることはありませんでした。
今から考えると過剰な反応だったのですが、それが時代でした。
それから僅か数年後の1997年に東京都写真美術館で《アウグスト・ザンダーと五味彬》展が開催され、五味彬の仕事がようやくミュージアム・レベルでの高い評価を獲得したことはご存知の通りです。
1989年当時に撮影された、今回の出品作品の被写体は倉俣史朗の家具と、村上麗奈のヌードです。
倉俣史朗は1967年横尾忠則らとコラボレーションしたインテリアデザインなどで脚光を浴びます。この頃から、彼が生涯にわたって好んだアクリル素材を用いて、日常の空間に無重力を作り出したような、透明で浮遊感のある作品を生み出し海外でも高い評価を得ました。本展出品作は、1989年刊行の雑誌『Sh・I・N・C』に掲載するため、倉俣の代表作である「ミス・ブランチ」をはじめ「COPACABANA」「SYDNEY」などを五味彬が撮影したものです。
同じく『Sh・I・N・C』に掲載された村上麗奈は、1988年AV女優としてデビューし、約一年間という短い期間の活動であったにもかかわらず一生を風靡しました。1992年発売直前に出版社の自主規制で発売中止・断裁処分された五味彬の幻の写真集『Yellows』と、時を同じくしてイタリアの写真家トニ・メネグッツォとの共作で出版された写真集『Nude of J』でもモデルを務めました。