幕末、嘉永四年(1851)に江戸神田佐久間町に生を受け、大正七年(1918)に東京浅草東三筋町にて没した孤高の絵師です。近代日本の黎明期からその成長と共に生きた画家と言えます。日本最初の輸出国策会社の社員として、林忠正などと共にパリに派遣された最初の日本画家です。菊池容斎や柴田是真に私淑し研ぎ澄まされた画家の江戸美意識が、ジャポニスム流行の時流に乗り、パリで冴え渡ります。彼の地ではドガやマネなど印象派の画家たちにも影響を与え、パリ万博では銅牌を受賞します。
帰国後は、七宝工芸家の濤川惣助と共に迎賓館赤坂離宮(旧東宮御所)の装飾にあたりました。また挿絵画家としても活動し、多くの出版物に携わっています。
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