谷文晁

谷文晁 タニブンチョウ
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1763-1841 江戸時代後期の日本の画家。
名は正安。はじめ号は文朝・師陵、後に文晁とし字も兼ねた。 通称は文五郎または直右衛門。別号には写山楼・画学斎・ 無二・一恕。薙髪して法眼位に叙されてからは文阿弥と号した。江戸下谷根岸の生れ。

12歳の頃 父の友人で狩野派の加藤文麗に学び、18歳の頃 中山高陽の弟子 渡辺玄対に師事した。20歳のとき文麗が歿したので北山寒巌 につき北宋画を修めた。鈴木芙蓉にも学んだとされるが確かではない。その後も狩野光定から狩野派を学び、大和絵では古土佐、琳派、円山派、四条派などを、さらに朝鮮画、西洋画も学んだ。26歳の時長崎旅行を企て、 大坂の木村兼葭堂に立ち寄り、釧雲泉より正式な南画の指南を受けた。木村蒹葭堂の死後、その死を悼み遺族に肖像画を贈っている。長崎に着いてからは張秋谷に画法を習い一月余り滞在した。 古画の模写と写生を基礎にし、諸派を折衷し南北合体の画風を目指した。その画域は山水画、花鳥画、人物画、仏画にまで及び画様の幅も広く「八宗兼学」とまでいわれる独自の画風を確立し、後に 関東南画壇の泰斗となった。

出典Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B0%B7%E6%96%87%E6%99%81

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