朝倉摂(ASAKURA Setsu)
プロフィール
1922年 0歳7月16日、東京市下谷区谷中町に彫刻家・朝倉文夫の長女として生まれる
1939年 17歳日本画家伊東深水に入門
1940年 18歳第1回青衿会日本画展《麗日》出品
1941年 19歳4回文部省美術展覧会(新文展)に《小憩》初入選
1948年 26歳ドナルド・リチー作「パーティー」(アーニーパイル劇場)の舞台美術を手がける
1949年 27歳第1回日本アンデパンダン展に《髪》を出品
1951年 29歳新制作協会会員に推挙される
1953年 31歳《働く人》で3回上村松園賞受賞。第2回日本国際美術展に《働く人(清掃夫)》を出品。本会場に出品されていたビュッフェの作品に感銘を受ける
1954年 32歳桑沢デザイン研究所設立。発起人に佐藤忠良らとともに名を連ね教員となる
1958年 36歳岩波映画勤務(後映画プロデューサー)の富沢幸男と結婚。長女・亜古が生まれる
1959年 37歳ウィーンで開催された世界青年学生平和友好祭に美術分野代表としてシベリア鉄道経由で参加する。セレモニーで黒人歌手、ポール・ロブソンの歌唱に感銘を受ける
1960年 38歳国立近代美術館「日本画の新世代」展に、《閉された部屋》《挫した男》《黒人歌手ポール・ロブソン》《日本1959(黒い太陽と囚われ人)》を出品
安保批判の会主催の安保批准反対請願大会(日比谷公会堂)に講演者として参加吉井忠、佐藤忠良とともに、京都の吉清楼に滞在していたベン・シャーンを訪ねる
1964年 42歳篠原一男と朝倉摂2人展「デパートの中に建った2つの家展」開催
この年篠原一男の設計で本代々木町にアトリエを新築
針生一郎が「日本画の国際性」を掲げた「日本画研究会」が発足。朝倉のアトリエで第一回の会合がなされ、他に丸木位里、片岡球子、加山又造、中村正義、横山操、星野眞吾、渡辺学らが参加
1966年 44歳学校法人桑沢学園東京造形大学設立、教授となる
1970年 48歳ロックフェラー財団の招待で渡米、ニューヨークで舞台美術を研究する(1~4月)
高田一郎、金森馨と舞台美術研究グループAKTを結成。翌年から隔月機関誌発行
新制作協会を退会
1972年 50歳『スイッチョねこ』が第3回講談社出版文化賞絵本部門で受賞
1980年 58歳篠田正浩監督映画「夜叉ヶ池」の美術で、粟津潔、横山豊とともに日本映画アカデミ
ー賞最優秀美術賞を受賞
1985年 63歳蜷川幸雄演出「にごり江」の美術で第40回芸術祭賞を受賞
1986年 64歳「セツノグラフィ・朝倉摂ステージワーク’86」(渋谷パルコ・スペース・パート3)展を開催
1989年 67歳88年度朝日賞を受賞
2006年 84歳文化功労者となる
2010年 88歳個展「朝倉摂展アバンギャルド少女」(BankARTStudioNYK)を開催
2014年 91歳3月27日91歳で逝去
- 作品ジャンル
- アート
- タグ
- 絵画