写真を見た時、撮ったその時と何か違うと感じることがある。これは物理的な光学レンズを通して見た世界と、眼球と脳を通して写したものが異なるものであるということに他ならない。
こうした違和感を覚えてしまうのであれば、むしろ実景に忠実な写実的表現から離れ自由になり抽象的な表現の中に実景を超える被写体の本質を捕らえられはしないか?被写体から印象を抽出し、かつそこに気分を織り込んだ記憶というものを作品のテーマとしている。これはいうなれば記憶主義、「メモリズム」*である。
手法としては極端にフォーカスを外すことで本来の風景とはフォルムを大胆に変容させたものが多く、被写体の実物としての面持ちは捨て去っている。ここにあるのは記憶に裏打ちされた風景に他ならない。
その他にも、あおひーはフォーカスの合った作品も発表している。これらの写真は一見したところ、位置と視点がわからなく不可思議なものとなっている。鏡や川を反射した景色を撮影することで、謎めいた風景をつくり出すことに成功していると言えるだろう。
特に川面に反射したイメージを捉えた作品は当人の狙いをも超越した予測不可能な画面を作り出すことに成功している。ランダムに線が交錯する画面は写真の本質である決定的瞬間でありながらも、写実とは対極の抽象となっている。ところがふとした瞬間にその画面が他のナニモノかに見えてくることがある。見立、もしくは妄想が新たなイメージの定着へと誘う。
また、最近では透明な樹脂の玉をプリント面に取り付けた「レゾナンスドロップ」(共鳴する雫)というミクストメディアの作品も発表している。ぼやけた写真に玉が乗ることでその色に焦点が合うという構造となっている。
その表現領域は止まることがない。
*memorism メモリズム(記憶主義)
memory(記憶) + ism(主義) から作った造語
最近見た展覧会はありません。
クリップした展覧会はありません。